最高位のオロイボニの務めは異なる世界の仲介者となること
最高位のオロイボニの務めは異なる世界の仲介者となること
30年にわたり、マサイの人々が敬愛する最高位の精神的指導者「オロイボニ・キトク」を務めてきたモコンポ・オレ・シメル。ケニア南部の奥地、ロイタ地域にある家で訪問客の話を聞き、ささいな困り事から大問題まで、マサイの共同体のさまざまな事柄に助言を与えている。(PHOTOGRAPH BY KEVIN OUMA, CINEMATIC KENYA)
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この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2021年12月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。

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セレンゲティの生態系で繰り広げられるオグロヌーの大移動は、東アフリカ全体の野生生物にとっても重要な意味をもつ。だが、危ういバランスのなかで成り立っているこの自然は今、高まる脅威に直面している。写真家のチャーリー・ハミルトン・ジェームズ、自然保護団体を率いるポーラ・カフンブ、英語版編集部のピーター・グウィン、作家のイボンヌ・アディアンボ・オウオーが、それぞれの視点からこの現状を報告する。

セレンゲティ国立公園の北に位置するケニア南部のロイタ地域には、マサイの人々にとって神聖な手つかずの森がある。許された者しか入れない、知られざるセレンゲティ。その森の守り手である最高位の精神的指導者に話を聞く貴重な機会を得た。

 最近、セレンゲティに旅した。といっても、読者が想像するようなセレンゲティではない。傘のように樹冠を広げたアカシアの木々が点在し、黄金色の草原が緩やかに波打つ、絵葉書のような風景に身を置いたわけではない。

 私が旅したのはケニア南部のロイタという地域だ。セレンゲティを中心とする大きな生態系の一部だが、観光ルートには入っていない、いわば知られざるセレンゲティである。そこには標高2000メートルを超える山々があり、うっそうとした森がある。ケニアの首都ナイロビから250キロほど南西に車を走らせれば、世界的に有名なマサイマラ国立保護区を見渡せるロイタに至る。だが、ケニアを訪れる旅行者の大半はその存在すら知らない。

 旅の目的は、この緑の要塞に登り、その中心にある広さ300平方キロの原生の森に足を踏み入れること。そして、この森を見守る人物に謁見し、話を聞くことだった。マサイの人々はその森を、彼らの言語であるマア語で「エンティム・エ・ナイミナ・エンキイオ」と呼ぶ。「迷子の森」という意味だ。

 私はロイタとは別世界のような大都会ナイロビで暮らしている。ナイロビは人口約500万人で、「シリコン・サバンナ」と呼ばれるIT産業地域の中核をなす。国連のアフリカでの活動を統括する事務局があるほか、多数の国際的なメディアがここを拠点にアフリカのニュースを世界に配信している。

 そんな大都会での暮らしに息苦しさを感じていた私は、ロイタに旅する機会に飛びついた。とはいえ実のところ、私が求めていたのはただ都会の喧騒(けんそう)から逃れることではなかった。まったく違った視点、太古から続く時代を超越した視点で、世界をとらえ直してみたいと思っていたのだ。

 会いに行ったのは、マサイの指導者モコンポ・オレ・シメル、「オロイボニ・キトク」という称号をもつ人物である。マサイの人々ははるか昔、家畜を引き連れてナイル渓谷を離れ、彼らが「シリンゲト」(「果てしなく広がる大地」の意味で、セレンゲティという地名の由来となった)と呼んでいた地域を含む東アフリカの一帯に定住して以来、オロイボニの称号をもつ人物を指導者と仰いできた。歴代のオロイボニは例外なしに、世俗的にも霊的にも並外れた能力をもつ一族の出身者で、薬草や祈祷(きとう)などで病気や傷を癒やすすべを習得している。

 オロイボニのなかでも最高位に当たるオロイボニ・キトクは、異なる世界の仲介役を務め、予言者、透視術師でもあり、もめ事を仲裁し、治療を行い、伝統的な儀式をつかさどり、政治的な戦略を練り、人間と自然の良好な関係を保つ役目を果たす。モコンポ・オレ・シメルは今から30年余り前、終身の地位である最高位のオロイボニを父親から受け継ぎ、第12代のオロイボニ・キトクとなった。

 彼はケニアとタンザニアに住む総人口100万人以上のマサイを統括する精神的な指導者だ。家畜がいなくなったなどという困り事から、ロイタの大規模な自然保護計画のような大問題まで、彼の知恵と力を借りようと、大勢の人々がここを訪れる。マサイだけではない。ほかの国々の政治家たちも、オロイボニの祝福や助言、有権者の支持を集める手助けを受けるために、はるか遠方から馳(は)せ参じる。

 オロイボニに会うのは簡単ではない。紹介者がいなければお目通りはかなわない。そこで私はまず友人の友人であるモレス・ロールパピトに会った。モレスは医師で公衆衛生専門家。オロイボニの称号をもつがその職務には就いていない。彼はオロイボニ・キトクの甥(おい)でもある。

 その口利きで、2021年5月のある日の正午頃、私はイチジクの巨木の下に座っていた。カーペット代わりの柔らかな緑の草地に、紫と黄色の小さな花々が彩りを添えていた。

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