変化の波
タイタニック号が北大西洋に沈んだ直後の10年間、アイルランドが英国からの独立を積極的に推し進め、造船所は複雑な政治、社会的対立に巻き込まれた。英クイーンズ大学ベルファスト校の名誉教授で、アイルランドの歴史を専門とするショーン・コノリー氏によれば、背景にはベルファストの長年にわたる宗派対立があり、造船所の火種にもなっていたという。
第1次世界大戦後の不景気で仕事が減り、ベルファストのウオーターフロントにも不況の波が押し寄せた。そして1920年、くすぶっていた火種がついに爆発。カトリックを中心とした数千人の労働者が造船所から追放された。「(第1次大戦で)忠誠心の高いプロテスタントが王と国のために戦っている間、カトリックは造船所の仕事をしていたという主張が怒りを増幅させました」とコノリー氏は説明する。
その後の造船所の運命は何度か大きく揺れ動く。第2次大戦で立ち直ったかと思えば戦後は落ち込み、クルーズ船の建造によって回復したかと思えば1960年代は航空ブームのあおりを受けて急激に衰退する。そして2003年を最後に船が建造されなくなると、造船所があったウオーターフロントの再開発が計画された。こうしてタイタニック号の海難事故から100年目にあたる2012年、「タイタニック・クオーター」がオープンした。
現在、北アイルランドは多くの国を対象に、ワクチン接種を終えた旅行者を受け入れている。そして、この地区にも観光客が押し寄せている。1億3500万ドルをかけて建設されたタイタニック・ベルファスト、かつてタイタニック号の乗客を運んだノマディック号、マリーナや博物館、アートトレイル、歴史的な船舶関連施設を巡る遊歩道マリタイム・マイルを楽しむことができる。(参考記事:「公海に沈むタイタニック号、誰がどう守る?」)

タイタニック・ベルファストはベルファスト随一の観光名所であり、タイタニック号の遺物を展示しない方針であるにもかかわらず、使い古されたタイタニック号の物語の新たな側面を見せることに成功している。沈没したタイタニック号は1985年、米国の海洋学者でナショナル ジオグラフィックのエクスプローラー・イン・レジデンスでもあるロバート・バラード氏によって発見された。
マリタイム・マイルの遊歩道は、ダウンタウンのクイーンズ・スクエアから出発する。ラガン川の左右どちらかを北上していくと、ベルファストの海運の広範な歴史を伝える名所がずらりと並ぶ。
クラレンドン・ドックはベルファストに現存する最古のドックだ。シンクレア・シーメンス教会には海事関連の遺物が多数展示されている。グレート・ライトはかつてベルファストで最も大きな灯台の光学装置だった。タイタニック号を建造したドックとポンプ室もある。ベルファスト・ハーバー・ヘリテージ・ルームでは「A Port That Built a City(1つの都市をつくった港)」という常設展示が行われている。
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