コロナ禍で外国人観光客が減り、業者が料金を引き下げたため、多くのケニア人がオグロヌーの大移動を見に来るようになった。「ケニア人が自国の財産である野生動物を見る機会は、これまでほとんどなかった」と写真家のチャーリー・ハミルトン・ジェームズは話す。(PHOTOGRAPH BY CHARLIE HAMILTON JAMES)
コロナ禍で外国人観光客が減り、業者が料金を引き下げたため、多くのケニア人がオグロヌーの大移動を見に来るようになった。「ケニア人が自国の財産である野生動物を見る機会は、これまでほとんどなかった」と写真家のチャーリー・ハミルトン・ジェームズは話す。(PHOTOGRAPH BY CHARLIE HAMILTON JAMES)

この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2021年12月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。

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セレンゲティの生態系で繰り広げられるオグロヌーの大移動は、東アフリカ全体の野生生物にとっても重要な意味をもつ。だが、危ういバランスのなかで成り立っているこの自然は今、高まる脅威に直面している。写真家のチャーリー・ハミルトン・ジェームズ、自然保護団体を率いるポーラ・カフンブ、英語版編集部のピーター・グウィン、作家のイボンヌ・アディアンボ・オウオーが、それぞれの視点からこの現状を報告する。

セレンゲティで最も重要な動物と言えば、オグロヌーだ。アンテロープと呼ばれるグループの仲間で、見た目は決して立派とは言えないものの、太古の昔から大規模な移動を繰り返し、草原の生命を循環させてきた。

 その線は、薄緑色のキルト地に縫い込まれた灰色の糸のようだった。しかし、飛行機が近づくにつれて、それは平原をうねるように進む数百頭の動物の列だとわかってくる。「オグロヌーだ。小さい集団だな」と、チャーリーがエンジン音に負けじと叫ぶ。3月に私たちがいたのはタンザニア北部に位置するンゴロンゴロ・クレーターの北だ。ここから北西に進み、セレンゲティ国立公園を通過してケニアに入る、オグロヌーの大移動がもうすぐ始まる。

 眼下に見えるオグロヌーの群れは、前後の隙間もなく一直線に並び、ゆっくりとした足取りで歩いていく。朝日が照らすなか、歩を進めるたびに湾曲した角と細長い頭が上下するのがわかる。母親にぴったりくっついて歩く子の姿もある。

 オグロヌーは何千年も前から、セレンゲティを中心とする広大な生態系を時計回りに移動してきた。その距離はおよそ2800キロにもなる。

 雨を追いかけ、草を食べながら移動するオグロヌーは、土壌を肥沃にして、捕食動物の獲物になる。この群れも、何世代にもわたって繰り返してきた旅を完遂すべく、北西を目指しているものだと私はてっきり思っていた。

 しかし、よく見ると、この群れが向かっていたのは北西じゃない。

「どうして南に向かってるんだ?」私は大声でチャーリーに尋ねた。

「わかるわけないだろう?」とチャーリーは答える。

 私がタンザニアを訪れたのは、オグロヌーの大移動を自分の目で見るためだった。同行した写真家のチャーリー・ハミルトン・ジェームズは2年前からこの大移動を記録し続けている。私たちは、遠くにキリマンジャロ山の雄大な姿が見えるアルーシャの飛行場を飛び立った。眼下には豊かな緑の大地が海のように広がる。コーヒー農園と密生した森だ。しかし、ンゴロンゴロ・クレーターを越えた辺りから、一帯は広大な平原へと変わった。

 つい1カ月前、ここは栄養たっぷりの草のカーペットが地面を覆っていた。けれども雨期が終わった今はすっかり乾ききって、わずかな草が生えているだけだ。列をなして進むオグロヌーの群れは、道に迷ってさまよっているように見えた。これではライオンやハイエナにあっけなく捕まってしまうだろう。

 そのとき、1頭のオグロヌーが列を離れるのが見えた。群れの進む方向に納得できなかったかのように、周囲を見回して反対方向に歩き始めたのだ。群れはお構いなくゆっくりと歩き続ける。離れた1頭は命運が尽きたも同然だった。

 ただ、この先に待ち構える困難を考えると、群れにいたとしても安泰ではないはずだ。気まぐれな天候に翻弄され、頻繁に進路を修正しながら、新鮮な草を見つけるために長い距離を旅しなければならないのだ。捕食動物は絶えず襲ってくるし、最近では、農作物や家畜を守るためのフェンスといった、人間が作り出した障害がいくつもある。さらに、急増しているヒツジやヤギと、限られた草を争わねばならない。

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