水と新鮮な草を求め、マラ川の急な土手を駆け下りるオグロヌーの大群。毎年、約130万頭が季節ごとに雨を追って、タンザニアから時計回りに円を描くようにしてケニアに入り、再びタンザニアに戻る。陸上の移動としては地球上で最大規模だ。(PHOTOGRAPH BY CHARLIE HAMILTON JAMES)
水と新鮮な草を求め、マラ川の急な土手を駆け下りるオグロヌーの大群。毎年、約130万頭が季節ごとに雨を追って、タンザニアから時計回りに円を描くようにしてケニアに入り、再びタンザニアに戻る。陸上の移動としては地球上で最大規模だ。(PHOTOGRAPH BY CHARLIE HAMILTON JAMES)

この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2021年12月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。

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セレンゲティの生態系で繰り広げられるオグロヌーの大移動は、東アフリカ全体の野生生物にとっても重要な意味をもつ。だが、危ういバランスのなかで成り立っているこの自然は今、高まる脅威に直面している。写真家のチャーリー・ハミルトン・ジェームズ、自然保護団体を率いるポーラ・カフンブ、英語版編集部のピーター・グウィン、作家のイボンヌ・アディアンボ・オウオーが、それぞれの視点からこの現状を報告する。

オグロヌーの大移動は比類なき壮大な光景であり、美しい風景と活気ある文化を誇るセレンゲティの土地で暮らすすべての生命にとって、なくてはならないものだ。

複雑にからみ合う「生命の糸」

 セレンゲティの生態系といえば、黄金色の平原が広がる、太古から変わらぬアフリカの風景を思い浮かべるだろう。足並みをそろえて優雅に歩く背の高いキリン。波打つ草原をかき分けて進むゾウの群れ。優美な角をもつアンテロープを容赦なく襲うライオン。ジグザグの線を描きながら走り続けるオグロヌーやシマウマ。そして、ここにはマサイの人々をはじめとする人間も暮らしていて、彼らのことは大抵、大昔からの生活に固執する独特な文化をもつ人々として描かれている。

 だが実際のセレンゲティの生態系はもっと複雑だ。タンザニア北部からケニア南西部に及ぶ広大なエリアには、数千種の動植物が生息している。現地の言葉で「果てしない平原」が由来とされる「セレンゲティ」という名前も誤解を招く。ここには、サバンナや森林地帯、川沿いの林などを含む、さまざまな地形が広がっているのだ。

2月、オグロヌーは丈の短い草に覆われたタンザニアのセレンゲティ国立公園の南端に集まり、北へ旅立つ前に腹ごしらえをし、雌は出産する。1日平均2万4000頭、毎年50万頭が生まれ、子は生後数分で歩き出す。(PHOTOGRAPH BY CHARLIE HAMILTON JAMES)
2月、オグロヌーは丈の短い草に覆われたタンザニアのセレンゲティ国立公園の南端に集まり、北へ旅立つ前に腹ごしらえをし、雌は出産する。1日平均2万4000頭、毎年50万頭が生まれ、子は生後数分で歩き出す。(PHOTOGRAPH BY CHARLIE HAMILTON JAMES)

 人類の誕生以来、この土地では人間と動物が共存してきた。ここを最後の安住の地としている動物もいる。だが、しだいに人間がその生息地を奪い、地球の温暖化を引き起こしてきたことで、多くが絶滅の淵に追いやられている。

 セレンゲティは太古の自然が残る“タイムカプセル”であると同時に、未来の指標でもある。複雑にからみ合った生命のネットワークは、保護区や公園として人間が区切った範囲よりもはるかに広い大地の上に成り立っている。

何千年も前から、オグロヌーは東アフリカの平原を移動してきた。リーダーはいないものの、群れは本能で以前通った道をたどる。毎年、巨大な群れが一つ形成されるが、少し離れて草を探す小さな群れもいくつか見られる。(PHOTOGRAPH BY CHARLIE HAMILTON JAMES)
何千年も前から、オグロヌーは東アフリカの平原を移動してきた。リーダーはいないものの、群れは本能で以前通った道をたどる。毎年、巨大な群れが一つ形成されるが、少し離れて草を探す小さな群れもいくつか見られる。(PHOTOGRAPH BY CHARLIE HAMILTON JAMES)

 東アフリカの人は大概そうだが、私は大人になるまでセレンゲティに行ったことがなかった。そこは観光地であり、私たちには関係のないところだと思っていた。私が育ったのは1970年代のナイロビだが、夕食まで外で遊ぶようにと母に言われ、よく兄と近くの森へ探検に行ったり、川や沼で遊んだりしていた。そんなある日、イチジクの木の上に巨大なモルモットのような、かわいい動物がいるのを見つけた。すると、近所の人が車で近づいてきて窓を開け、それはハイラックスというゾウの遠い親戚だと教えてくれた。

 その男性は、生きたまま持ってきたら何でも、その動物について教えてくれると言うので、私たちはヘビやトカゲ、鳥、カエル、ネズミなどを捕まえては彼を訪ねた。一度、新種を発見したと信じて、サバンナアフリカオニネズミを持っていったこともある。そんな私たちに多大な忍耐力をもって接してくれたその人は、ケニア国立博物館の館長を務めていた古人類学者のリチャード・リーキーだった。

空腹と、前進したいという本能に駆られ、オグロヌーがひしめき合いながら進む。効率良く筋肉を使い、最長5日間、水を飲まずに走り続けられるが、ライオンやチーターの臭いがした瞬間に、群れは散り散りになる。(PHOTOGRAPH BY CHARLIE HAMILTON JAMES)
空腹と、前進したいという本能に駆られ、オグロヌーがひしめき合いながら進む。効率良く筋肉を使い、最長5日間、水を飲まずに走り続けられるが、ライオンやチーターの臭いがした瞬間に、群れは散り散りになる。(PHOTOGRAPH BY CHARLIE HAMILTON JAMES)

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