「トリック・オア・トリート」はいつから? ハロウィンの進化史

起源は古代ケルトの祝祭、現代の伝統が根付いたのは第二次大戦後

2021.10.30
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米国でトリック・オア・トリートが広まったのは第2次世界大戦後。郊外化が進み、子供たちが安全に隣人を訪問できるようになったことが一因だ。2020年は新型コロナウイルス感染症の影響で、この伝統も形を変えることになった。写真はカリフォルニア州ウッドランドヒルズのハロウィンドライブスルー。仮装した役者がキャンディーを配っている。(PHOTOGRAPH BY MARIO ANZUONI, REUTERS)
米国でトリック・オア・トリートが広まったのは第2次世界大戦後。郊外化が進み、子供たちが安全に隣人を訪問できるようになったことが一因だ。2020年は新型コロナウイルス感染症の影響で、この伝統も形を変えることになった。写真はカリフォルニア州ウッドランドヒルズのハロウィンドライブスルー。仮装した役者がキャンディーを配っている。(PHOTOGRAPH BY MARIO ANZUONI, REUTERS)
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 2020年のハロウィンは少し違った。子供たちは伝統的な「トリック・オア・トリート(お菓子をくれなきゃいたずらするぞ)」を行うことなく、距離をとるため住人が玄関先に設置した手づくりすべり台から落ちてきた袋入りのキャンディーを受け取ったり、自宅にカボチャを飾ったり、オンラインで仮装コンテストに参加したりした。しかし、ホワイトハウスの主席医療顧問アンソニー・ファウチ氏は2021年のハロウィンについて、トリック・オア・トリートを行っても安全だと述べている。

 トリック・オア・トリートはハロウィンの伝統として定着しているが、歴史家によれば、子供たちが隣人に食べ物をせがむ行為の起源は古代ケルトの祝祭、さらには、長く失われていたクリスマスの慣習にさかのぼれるという。トリック・オア・トリートという言葉そのものは1920年代、人々がハロウィンのいたずらに神経をとがらせたことに由来する。それでは、トリック・オア・トリートがどのように進化したかを説明しよう。

ハロウィンの起源

 ハロウィンの起源は2000年以上前、ケルトの新年である11月1日に行われたサウィン祭にあると考えられている。生者と死者の世界を隔てる壁が薄くなる日の前夜、悪魔や妖精、死者の霊が地上に現れると信じられていた。

夕暮れどきに行われたサウィン祭の儀式。英国グラストンベリーで2017年に撮影。サウィン祭は後にハロウィンとなったケルトの祝祭で、パレード、ダンス、たき火などが行われる。明るい夏と暗い冬の分かれ目と考えられている。(PHOTOGRAPH BY MATT CARDY, GETTY)
夕暮れどきに行われたサウィン祭の儀式。英国グラストンベリーで2017年に撮影。サウィン祭は後にハロウィンとなったケルトの祝祭で、パレード、ダンス、たき火などが行われる。明るい夏と暗い冬の分かれ目と考えられている。(PHOTOGRAPH BY MATT CARDY, GETTY)
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 ケルトの人々はたき火をしたり、食べ物をささげたりして、過去1年間に亡くなった人の霊魂を鎮めようとした。また、死者の霊に気付かれないよう仮装もした。

 その後、キリスト教の指導者が異教徒の祝日を取り入れたことで、7世紀、サウィン祭は諸聖人の日(オール・ハロウズ・デイ、万聖節)へと変化した。しかし、その前夜には、オール・ハロウズ・イブという新しい名前で、たき火や仮装、パレードが続けられていた。これが「ハロウィン」の起源だ。

 米国にはヨーロッパからの移民が持ち込み、アイルランド系移民が爆発的に増えた1800年代、人気の祝祭となった。ケルトの風習や信仰が米国の農業の伝統と融合し、オカルトの要素を残したまま、秋の収穫祭として定着した。そして、長い年月を経て、かつて祖先が恐れていた幽霊に子供たちが仮装する日となった。

トリック・オア・トリートが伝統になるまで

 しかし、なぜケルトの伝統が、霊魂から身を守るためでなく、楽しみやキャンディーのために子供たちが仮装して「トリック・オア・トリート」と言う日に変わったのだろう?

 伝統行事や儀式などにまつわる言い伝えを紹介した『Holiday Symbols and Customs(祝祭のシンボルと慣習)』第5版によれば、英国には16世紀の時点で、貧しい人々が万聖節の翌日の万霊節に物乞いをする慣習があり、やがて子供たちがその慣習を受け継いだという。当時、表面に十字架をあしらった「ソウルケーキ」を子供たちに渡し、自分の代わりに祈ってもらうことが流行していた。

『Trick or Treat: A History of Halloween(トリック・オア・トリート:ハロウィンの歴史)』の著者リサ・モートン氏は典型的なハロウィンのお祝いに関する記述をさかのぼり、1869年にスコットランドでたき火を囲みながらハロウィンを過ごしたビクトリア女王の手紙を発見した。

「城を一周した後、たいまつの残りが南西の積み薪の中に投げ込まれ、それが大きなたき火になりました。さらに、ほかの可燃物が投入され、たき火は燃え盛る巨大な塊となり、その周りでダンスが繰り広げられました」

 モートン氏によれば、米国の中流階級の人々はしばしば、英国人のまねをしたがったという。例えば、1870年代に出版された短編小説で、ハロウィンが英国の祝日として登場し、子供たちがお菓子をもらうためのゲームや占いをしている様子が描かれている。

 ただし、モートン氏は、トリック・オア・トリートはもっと新しい伝統で、驚くことに、クリスマスから着想を得たものかもしれないと述べている。

次ページ:人気のあるお菓子は?

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