温暖化が進む地球には数えきれないほど多くの木が生えている。その最南端はどこにあるのか。答えを求めて、猛烈な風が吹く南米のホーン岬に向かった。
太平洋と大西洋が出合い、波が渦を巻いて激しいしぶきを上げる。その海面を見下ろす南米最南端に近い斜面に、7本の木が生えている。
それは立派な木立ではなく、生い茂る草の間から、曲がりくねった枝や銀色の樹皮がのぞいているだけだ。一部は枯れていて、高さは私の太もも程度しかない。荒れ狂う風にさらされてきたため、幹が完全に水平になっている。
ここに来るまでに、私たちは飛行機で海を越え、フェリーに32時間乗り、さらに10時間木製のチャーターボートで揺られてきた。そしてようやく、ティエラ・デル・フエゴ諸島の最果ての島にたどり着いた。ホーン岬があるオルノス島だ。
はるばるここまでやって来たのには、これまでに科学者が誰も確認したことのない限界線を特定する目的があった。それは南半球の樹木の限界線、つまり地球最南端の木が生えている場所だ。
今回の遠征のリーダーである森林生態学者のブライアン・ブーマは、自然界では、ある種が生息できる限界を正確に把握することは、とても難しいと話す。「しかし私たちは、そういったことを知っておくべきだと思うんです」
温暖化が樹木に与える影響
21世紀の今、人類は地球上の隅々まで調査し尽くしたように思える。最も深い海溝も、最も乾燥した砂漠も探査した。しかし、世界で最も北あるいは南にある木は、正確には特定できていないのだ。
現在、森林は“移動”している。気候の温暖化に伴い、樹木限界線は以前よりも標高の高い場所に移り、さまざまな種の樹木がこれまでより高緯度に分布するようになっている。植生が変われば、生態系も変わる。米国のアラスカでは、成長する季節が長くなったヤナギが大きく育ち、冬場に雪の中から頭を出すようになった。すると、これを食べるヘラジカやカンジキウサギが北極海の辺りまで生息域を広げた。北極と、南極の一部は、地球上で最も急激に温暖化が進んでいる地域だ。
ただし、こうした生態系の主要な変化についての情報は、赤道より北側の研究から得られたものが多い。南半球には、あまり関心が払われていないとブーマは話す。
植物学の古書や探検家の日誌を読むうちに、ブーマはあることを思いついた。こうした書物では、南半球のどこに地球最南端の木があるかについての意見がばらばらだった。もし地球最南端の木を見つけることができれば、この先何年も科学者たちが研究拠点として足を運ぶようになるかもしれない。そして、土壌の温度や木の成長の観察、最果ての生態系に生きる動物などの研究が可能になる。また、こうした最南端の生態系の「位置」が時とともに変化していくかどうかを継続的に調査できる。
そのためには、まずその木を見つけなければ始まらない。ただ、ティエラ・デル・フエゴでの探索は、普通の森を散歩するのとは訳が違う。島に近づくだけでもひと苦労なのだ。
1月の午後、私たちは写真家のイアン・テーとともに貨物フェリーに乗り、曇り空の下、マゼラン海峡を進んでいた。船の外では、青みを帯びた氷河が南アンデスの山腹から崩れ落ちる。私たちは、チリのプンタ・アレナスから丸1日半かけてプエルト・ウィリアムズに向かい、そこで小さな船に乗り換えることになっていた。
ブーマは意気揚々として、新たな謎を解きに行く探偵のようだった。彼とチリ人の生態学者リカルド・ロッツィはナショナル ジオグラフィック協会からの支援を得て、地球最南端の森の調査に参加する研究者たちを集めた。コウモリの鳴き声を記録する研究者が1人、木に登って林冠を調査する研究者が2人、そして、最南端の木を探すブーマに協力する少人数のチームも結成された。
ブーマが目的地の略図を描いたノートを開く。まるで海賊の地図のようだ。彼は当初、地球上で最も北にある木を探すことも考えたというが、それでは探索の範囲が広すぎる。ブーマが手に入れたいのは確かなデータなのだ。
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