南極の海の生命を守る

海洋保護区の設立急務の背景にオキアミ漁

2021.10.29
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
誌面で読む
南極半島の西岸沖で氷山の横を泳いでいくヒョウアザラシ。解けた氷から放たれた気泡が、水中カメラのレンズに張り付いている。海に浮かぶ氷山はこうしたアザラシの繁殖や換毛の場であり、彼らの食べ物であるオキアミのすみかともなる。(PHOTOGRAPH BY THOMAS P. PESCHAK)
南極半島の西岸沖で氷山の横を泳いでいくヒョウアザラシ。解けた氷から放たれた気泡が、水中カメラのレンズに張り付いている。海に浮かぶ氷山はこうしたアザラシの繁殖や換毛の場であり、彼らの食べ物であるオキアミのすみかともなる。(PHOTOGRAPH BY THOMAS P. PESCHAK)
この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2021年11月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。

海氷が縮小する南極半島沖ではオキアミを狙う漁船が漁場を広げている。海の生き物たちを守るためには保護区の設立が急務だ。

 1隻のゴムボートが雪に覆われた南極半島西岸のネコ湾に入ってきた。

 2021年1月、この湾に暮らすジェンツーペンギンたちにとって、人間を見るのはほぼ1年ぶりのことだった。ボートから下りてきたのは、ペンギンを専門とする生物学者のトム・ハートと科学者が数人。新型コロナウイルス感染症のパンデミックが始まって以来、観光客がすっかり姿を消したこの地を、彼らは再び訪れた。約2000羽が集うジェンツーペンギンのコロニーでは、巣を探す1羽のペンギンがおぼつかない足取りで歩くたびに、鋭い鳴き声がさざ波のように広がる。だが、ボートから下りたその足で、設置されたタイムラプス(低速度撮影)・カメラへとまっすぐに向かうハートには、ペンギンたちは目もくれない。ハートはカメラの防水ケースの中から、メモリーカードを取り出した。

 ペンギンたちが産卵と子育てのために、このコロニーにすみ着いて4カ月。カメラは夜明けから夕暮れまで、1時間置きに彼らの写真を撮ってきた。長さ1340キロ、幅70キロのこの半島にはほかにも100台近いカメラが設置されていて、10年にわたって3種のペンギンの繁殖コロニーを記録している。

朽ちたクジラの脊椎骨が残るネコ湾で、卵を温め、子育てをするジェンツーペンギン。南極半島の商業捕鯨の歴史を思い起こさせる光景だ。それから1世紀を経た今では、巨大なクジラは保護され、代わりに小指サイズのオキアミが捕獲されている。(PHOTOGRAPH BY THOMAS P. PESCHAK)
朽ちたクジラの脊椎骨が残るネコ湾で、卵を温め、子育てをするジェンツーペンギン。南極半島の商業捕鯨の歴史を思い起こさせる光景だ。それから1世紀を経た今では、巨大なクジラは保護され、代わりに小指サイズのオキアミが捕獲されている。(PHOTOGRAPH BY THOMAS P. PESCHAK)

 ここ30年の間に、南極半島ではジェンツーペンギンが急速に生息数を増やし、多くの地点で3倍以上になった。以前は海氷が多く、生息地に適さなかったもっと南のエリアにも、コロニーが拡大しつつある。それとは対照的なのが、ジェンツーペンギンの姉妹種である比較的小型のヒゲペンギンと、頭の黒いアデリーペンギンだ。ジェンツーの数が増えているコロニーの多くで、これらの種は75%以上も数が減っている。

「ざっくり言って、アデリーペンギンとヒゲペンギンが1羽減るごとに、ジェンツーペンギンが1羽増えるという計算です」と、ハートは話す。

 ペンギンは環境の変化に極めて敏感で、豊かな海が育むたくさんの獲物を頼りに生きている。とはいえ、研究者たちは、ヒゲペンギンやアデリーペンギンが絶滅するとまでは思っていない。南極半島以外では生息数が安定しているように思われるコロニーもあり、そのいくつかは増加している可能性さえある。

「心配なのは、南極半島での減少があまりに急激なことです」と、生態学者のヘザー・リンチは言う。南極海におけるペンギンの生息数の変動は、生態系が損なわれつつあることへの警鐘だ。「南極海に何らかの変化が起こったことがわかります。そして、それは文字通り、氷山の一角だということも」

ペアになったヒゲペンギンが空に向かって鳴く。「ここは私の場所」と宣言しているのだろう。氷のない場所に巣を作り、はいずり回ったために、腹に泥が付いている。近くのペンギンたちも加わり、騒がしいコーラスがコロニー全体に波のように広がる。南極半島ではヒゲペンギンの生息数が減少していると思われる。これは南極海の生態系が激変しつつあることの表れだ。(PHOTOGRAPH BY THOMAS P. PESCHAK)
ペアになったヒゲペンギンが空に向かって鳴く。「ここは私の場所」と宣言しているのだろう。氷のない場所に巣を作り、はいずり回ったために、腹に泥が付いている。近くのペンギンたちも加わり、騒がしいコーラスがコロニー全体に波のように広がる。南極半島ではヒゲペンギンの生息数が減少していると思われる。これは南極海の生態系が激変しつつあることの表れだ。(PHOTOGRAPH BY THOMAS P. PESCHAK)

次ページ:危機に直面した氷の世界

ここから先は、「ナショナル ジオグラフィック日本版」の
定期購読者(月ぎめ/年間のみ、ご利用いただけます。

定期購読者(月ぎめ/年間)であれば、

  • 1 最新号に加えて2013年3月号以降のバックナンバーをいつでも読める
  • 2ナショジオ日本版サイトの
    限定記事を、すべて読める

おすすめ関連書籍

2021年11月号

世界を驚かせた考古学の発見100/エチオピアの苦悩/南極の海の生命を守る/地球最南端の木/長い旅が教えてくれたこと

考古学の発掘調査が始まって2世紀。「世界を驚かせた考古学の発見100」は人類史をひもといた100の発見を振り返ります。今なぜエチオピアで内戦が勃発しているのか、国内情勢などを交えて詳しくレポートする「エチオピアの苦悩」ほか、まもなく9年を迎える人類の祖先の足跡を徒歩でたどるプロジェクト「長い旅が教えてくれたこと」、南米の最南端の島を調査した「地球最南端の木」などの特集をお楽しみいただけます。

定価:1,210円(税込)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
誌面で読む