伝統に忠実なクジラ捕りは続けられないのか、シャーマンの葛藤

ラマレラ村、最後のクジラ捕りを支えるシャーマンの物語(前編)

2021.12.31
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 ラマレラの村人たちにとって、狩りは肉体的および精神的な糧であるだけではない。彼らの食生活と、シプリ氏らウージョン一族が守っている古代信仰の基礎となっている。

ウージョン一族の長で、ラマレラの人々から「土地の主」と呼ばれるシプリ・ラジャ・ウージョン氏。「クジラ乞い」の儀式のためにシダの冠をかぶっている。ウージョン一族はラマレラの先住民で、地元の人々からはシャーマンの力を持っていると信じられている。(Photograph by Kemal Jufri)
ウージョン一族の長で、ラマレラの人々から「土地の主」と呼ばれるシプリ・ラジャ・ウージョン氏。「クジラ乞い」の儀式のためにシダの冠をかぶっている。ウージョン一族はラマレラの先住民で、地元の人々からはシャーマンの力を持っていると信じられている。(Photograph by Kemal Jufri)

 彼らは、表面上はカトリック教徒だ。1920年、ドイツ人宣教師がこのコミュニティを改宗させ、教会を建て、村人たちが崇める石の大半をその下に埋めてしまった。しかし、当時の人々は、その一部を密林の中に隠しておいた。それ以来、村人たちがイエスに祈りつつ、聖なる石にも供物を捧げ続けたことにより、精霊信仰とキリスト教とが独特な形で混ざり合うことになった。

 第二次世界大戦後間もなく、7歳になったシプリ氏は、ウージョン家の男たちから「クジラ乞い」のやり方を教わった。生贄となる鶏の血を聖なる岩に塗りつけているとき、たくさんのコオロギが自分の体に群がってきたことを、シプリ氏は覚えている(先祖たちはさまざまな姿をとるとされ、コオロギにもなることも多い)。いつの日か自分もシャーマンになれるだろうかと、シプリ氏は考えていた。しかし10代のとき、9人兄弟の三男だったシプリ氏は、現金を稼ぐために山の向こうへと送り出された。

 口伝と現代の記録によると、ラマレラの人々は1500年代初頭、近くの島にあった住居が津波で流された後、険しい山によって外界と隔たれたレンバタ島に流れ着いたという。暮らしやすい土地にはすでに住人がいたため、彼らは否応なしに傾斜のもっともきつい場所に腰を落ち着けた。

 一帯には灌漑に使える川はなく、石の混じった土は農業には不向きだった。しかし、目の前の海は、クジラや魚たちが回遊する通り道になっていた。何世紀にもわたり、ラマレラの人々は海岸付近を泳ぐクジラ、サメ、イルカ、魚などを銛で突き、その肉を山地の村々で栽培された米やキャッサバなどの作物と交換することで、物々交換経済を築いてきた。

ジンベエザメを船に引き上げる漁師たち。ラマレラの人々はマッコウクジラのほか、サメ、イルカ、ウミガメなどの海洋生物を狩る。(Photograph by Kemal Jufri)
ジンベエザメを船に引き上げる漁師たち。ラマレラの人々はマッコウクジラのほか、サメ、イルカ、ウミガメなどの海洋生物を狩る。(Photograph by Kemal Jufri)

 オランダの植民地支配者や、後のインドネシア政府は、ラマレラやその取り引き相手に税を課すために現金経済を導入しようとしたが、ラマレラの人々はこれに抵抗した。彼らは必要なものをすべて持っていた。彼らが譲歩した点は、多くの家族が子供をひとり、島の首都であるレウォレバに送ったことだった。その子供が稼いだ現金が、税の支払いや金属製の道具の購入などに充てられた。

 数十年にわたり、シプリ氏はレウォレバで徴税人として働き、一家の税金を納め、故郷のラマレラで暮らす一族に仕送りを続けた。一方、一家の長兄は村に残り、祖先の霊を鎮め、クジラ捕りの成功を願う年に一度の儀式を取り仕切った。年月がたち、父親とふたりの兄が亡くなったことで、ついに「土地の主」の称号はシプリ氏のものとなった。

村は対立していた

 密林に覆われた山中のでこぼこ道を進むバスに揺られながら、シプリ氏は不安を感じていた。人生の大半を外の世界で過ごしてきたシプリ氏の肩には、村人たちの食料を確保するだけでなく、現代の誘惑から彼らを遠ざけるという責任がのしかかっていた。

 2000年代初頭のラマレラの暮らしは概ね、口承によって受け継がれてきた「祖先のやり方」に従ったものだった。しかし2008年には、櫂と帆で進む昔ながらの捕鯨船は、ほぼモーターボートに取って代わられた。夜には、村人たちはディーゼル発動機をつないでテレビを見た。対応に苦慮した末、シプリ氏は2014年、船外モーターをやめてヤシの葉の帆を使うやり方に戻さなければ、黒いヤギを生贄にして村を呪うと脅した。

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