ジャガーの毒殺が横行か、ブラジルで事件発覚、初の捜査へ

ウシを殺された牧場主が報復の可能性、禁止農薬使用の疑いも

2021.10.19
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
ブラジル、クイアバ川の支流に浮かぶホテイアオイの中から現れたオスのジャガー。かつてジャガーの縄張りだった場所で牧場主が家畜を放牧しているため、ウシがジャガーに襲われることも少なくない。その報復として、ジャガーを毒殺するための農薬を撒く牧場主もいる。 (PHOTOGRAPH BY NICK GARBUTT / BARCROFT MEDIA, GETTY IMAGES)
ブラジル、クイアバ川の支流に浮かぶホテイアオイの中から現れたオスのジャガー。かつてジャガーの縄張りだった場所で牧場主が家畜を放牧しているため、ウシがジャガーに襲われることも少なくない。その報復として、ジャガーを毒殺するための農薬を撒く牧場主もいる。 (PHOTOGRAPH BY NICK GARBUTT / BARCROFT MEDIA, GETTY IMAGES)
[画像のクリックで拡大表示]

 サンドロの死体が回収された時、すでに死後1カ月弱が経過していた。サンドロはおとなのジャガーのオスで、GPS追跡装置付きの首輪が付けられていた。

 ブラジル、パンタナールのオッターズ・パスと呼ばれるエリアで、サンドロの行動は1年近く追跡されてきた。しかし、5月になってから動かなくなっていた。そのため、研究者たちがフィールドに足を運んでGPSの信号をたどったところ、この地域に山のようにある牧場のひとつで亡骸が見つかった。世界最大級の熱帯性湿地であるパンタナールでの調査には綿密な計画と資金が必要であり、研究者たちが実際に行けたのは6月になってからだった。

 彼らが目にしたものは衝撃的だった。

[画像のクリックで拡大表示]

 サンドロの死体のほんの50m先の草むらにも、行動を追跡していなかった別のジャガーが死んでいた。しかも2頭の体には、争った形跡も、銃で撃たれた跡もない。

「2頭の健康そうなジャガーが、ごく近くで死んでいたわけです」。そう話すのは、獣医師であり、ジャガーの追跡調査団体「レプロコン(Reproduction 4 Conservation)」の研究者、アントニオ・カルロス・チェルマク・ジュニア氏だ。「毒殺されたのではないかと疑い始めたのはその時です」

 3日後、連邦警察とブラジル環境・再生可能天然資源院(IBAMA)の捜査官と共に戻ってきた研究者たちは、サンドロが最後に獲物を食べていたと思われるポイントを追跡データから特定した。ジャガーから約3mのところには、ウシの死体があった。その周囲にはさらに、ハゲワシ14羽、ハヤブサの仲間のカラカラ2羽、カニクイイヌ1頭、計17の動物の死体が散乱していた。

 チェルマク氏らは、ウシを殺されることに苛立った牧場主たちが、農薬を使って事を解決しようとしていると以前から耳にしていた。ウシが死んでいるのを見つけると、ジャガーが戻ってきて食べるだろうと考えて、そのウシに毒を塗っているらしい。

 使われていると考えられる農薬には、カルボフランという神経毒が含まれている。あまりの毒性の強さに、ブラジル、カナダ、EU、オーストラリア、中国では使用が禁止または厳しく制限され、米国では食用作物への使用が禁止されているものだ。レプロコンのチームとブラジル当局は、警備が手薄なパラグアイやボリビアとの国境を越えて、この農薬が密輸されているのではないかと考えてきた。しかし、これまでは証拠がなかった。

 サンドロの首輪のおかげで死体が発見され、犯罪の証拠となり得る組織サンプルが初めて採取され、連邦警察とIBAMAは、パンタナールで起きた2頭のジャガーの毒殺事件を捜査することになった。

パンタナールは、ブラジル、ボリビア、パラグアイにまたがる、世界最大級の熱帯性湿地帯だ。生息密度はここが世界最高というジャガーをはじめ、4000種以上の動植物が生息しているが、科学者や活動家は、生態系の崩壊の危険性を警告している。 (PHOTOGRAPH BY CARL DE SOUZA/AFP, GETTY IMAGES)
パンタナールは、ブラジル、ボリビア、パラグアイにまたがる、世界最大級の熱帯性湿地帯だ。生息密度はここが世界最高というジャガーをはじめ、4000種以上の動植物が生息しているが、科学者や活動家は、生態系の崩壊の危険性を警告している。 (PHOTOGRAPH BY CARL DE SOUZA/AFP, GETTY IMAGES)
[画像のクリックで拡大表示]

 野生のジャガー17万頭のうち、ほぼ半数がブラジルに生息していると考えられている。約2000頭のジャガーが生息するパンタナールは、世界で最もジャガーの密度が高い地域のひとつだ。

 ジャガーは国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで近危急種(near threatened)に指定されている。牧畜を始めとする人間の活動により森林伐採が進み、ジャガーの生息地が失われたり分断されたりしており、群れが孤立するせいで繁殖が困難になっている。

 生息域が狭くなれば獲物を獲れなくなり、生き延びるために家畜を襲わざるを得なくなる。ウシの首についた爪痕や、頭蓋骨をまっすぐに噛み切った跡は、ジャガーに襲われた証拠だ。そうなると、多くの牧場主はどんな手段を使ってでも報復しようとする。

 12年前から父親と一緒に牧場を経営しているヘナート・ハイゼル氏は、レプロコンが初めてサンドロに追跡用の首輪を付けた時も、また死体を発見した時も立ち会った。毎年約50頭ものウシがジャガーが犠牲になっているにもかかわらず、「ジャガーを殺すことは決してしない」とハイゼル氏は言う。

「私たちにできることはあまりありません」と彼は言う。「小さな農場であれば、囲いを作ってウシを一晩中閉じ込めておくことができるかもしれません。しかし、何千頭、何万頭ものウシを飼っている場合はどうすればいいのでしょう。多少の損失は受け入れなければなりません。ここは私の所有地かもしれませんが、彼らの家でもあるのです」

次ページ:人気の観光地が一転、牧場に

ここから先は「ナショナル ジオグラフィック日本版サイト」の
会員の方(登録は無料のみ、ご利用いただけます。

会員登録(無料)のメリット

  • 1ナショジオ日本版Webの
    無料会員向け記事が読める
  • 2美しい写真と記事を
    メールマガジンでお届け

おすすめ関連書籍

PHOTO ARK 消えゆく動物

絶滅から動物を守る撮影プロジェクト

今まさに、地球から消えた動物がいるかもしれない。「フォト・アーク」シリーズ第3弾写真集。 〔日本版25周年記念出版〕 〔全国学校図書館協議会選定図書〕

定価:3,960円(税込)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加