2021年9月、米国の首都ワシントンDC。連邦議会議事堂や様々な記念碑、博物館が集まる区域「ナショナルモール」の芝生で、新型コロナウイルス感染症による死者をしのぶ白い旗が、ボランティアの手によって立てられた。(PHOTOGRAPH BY STEPHEN WILKES)
2021年9月、米国の首都ワシントンDC。連邦議会議事堂や様々な記念碑、博物館が集まる区域「ナショナルモール」の芝生で、新型コロナウイルス感染症による死者をしのぶ白い旗が、ボランティアの手によって立てられた。(PHOTOGRAPH BY STEPHEN WILKES)
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 2020年3月11日に、世界保健機関がパンデミック(感染症の世界的流行)を宣言してから1年半が経過した。2021年9月29日時点で、米国の新型コロナウイルス感染症による死者数は69万3000人に達している。

 この数は、1918年のインフルエンザパンデミックによる米国の死者数をとうとう上回った。新型コロナウイルス感染症が、米国史上最も多くの死者を出した感染症となったのだ。

 とはいえ、1918年のインフルエンザの被害は目を覆うものだった。3回の感染拡大の波で、実に米国民の4分の1以上が感染したとされている。その影響で、1918年の米国の平均寿命は12年短くなった。このウイルスは世界に広がり、各地で甚大な被害をもたらした。今、新たなパンデミックの中にある私たちが、100年前の人々から学ぶことはあるのだろうか?(参考記事:「どう終わる?コロナのパンデミック 過去の感染症からわかること」

100年前の第1波

 1918年に大流行したインフルエンザは「スペインかぜ」の名でよく知られている。しかし、最初に感染爆発が報告されたのは、スペインではなく米国だった。

 第一次世界大戦末期の1918年3月、米カンザス州フォートライリーの陸軍訓練基地で、ある兵士がインフルエンザのような症状を訴えて診療所を訪れた。ナショナル ジオグラフィック・ヒストリー・マガジンによると、それからわずか数時間で100人以上が同じような症状を訴えたという。(参考記事:「スペインかぜのパンデミック、中国起源説とその教訓」

 第一次世界大戦で多くの米国兵がヨーロッパの戦線へ派遣され、感染は瞬く間に全世界へと広がった。しかも、当時は報道規制がかけられ、欧米メディアは感染拡大について報道することを禁じられていた。ところが、中立国だったスペインではこうした報道規制がなかったので、新聞が盛んに感染拡大を報じたことから「スペインかぜ」と呼ばれるようになった。

参考ギャラリー:ポリオ、米国民の4分の1以上が感染したインフルエンザ、天然痘 感染症の猛威 写真7点(画像クリックでギャラリーページへ)
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インフルエンザが大流行した1918年、米マサチューセッツ州ローレンスの野外病棟で患者の処置に当たる看護師たち。ウイルスの拡散を防ぐため、キャンバス地のテントで患者を一人ひとり隔離していた。結核が流行した際に外気療法が効果を示したことから、公衆衛生の専門家はインフルエンザの患者を屋外に出すことを強く勧めた。(PHOTOGRAPH BY HULTON ARCHIVE/GETTY IMAGES)

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