二つの世界を行き来する、仮装の奇祭

写真家が魅了された、「あの世」と「この世」をつなぐブルガリアの伝統行事

2021.09.29
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ブルガリアでは仮装した人のことを一般的に「クケリ」と呼ぶが、地方によって独自の名称もある。南西部のラズログでは「チャウシュ(守護者という意味)」と呼び、ヤギの毛皮で作った仮面と衣装で新年を迎える。(PHOTOGRAPH BY EVO DANCHEV)
ブルガリアでは仮装した人のことを一般的に「クケリ」と呼ぶが、地方によって独自の名称もある。南西部のラズログでは「チャウシュ(守護者という意味)」と呼び、ヤギの毛皮で作った仮面と衣装で新年を迎える。(PHOTOGRAPH BY EVO DANCHEV)
この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2021年10月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。

ブルガリアには人間の世界と霊界をつなぎ、繁栄と健康を祈る伝統的な祭りがある。霊界への行き来を可能にすると考えられているのが、奇抜で目を引くコスチュームだ。

「何百人もの人がいるのに、聞こえてくるのはベルの音だけ。実に野性的で、原始的な光景でした」と、写真家のエボ・ダンチェフは回想する。おどろおどろしい仮面をつけた群衆が、跳びはねたり踊ったりしながら、腕を振り回し、腰から下げたベルを鳴らす。

 そこには日常のリズムを乱す異空間があった。ダンチェフが目にしたのは、ブルガリアの首都ソフィアに近いペルニクという町で毎年1月に行われるスロバ・フェスティバルでの光景だった。ユネスコの無形文化遺産にも登録されている催しで、ヨーロッパで最大級の仮装祭りだ。ブルガリアには、昔から脈々と受け継がれてきた仮装の伝統がある。同様の冬祭りはヨーロッパ各地で見られるが、その雰囲気や衣装、儀式にはそれぞれ独特のものがある。

 扮装(ふんそう)するものや呼び名はさまざまだが、ブルガリアでは仮装した人のことを総称して「クケリ」と呼ぶ。ぎょっとするようなクケリもいれば、笑いを誘う愉快なクケリもいる。民間信仰の儀式に使われるクケリの仮面は、村人たちの手で大切に守られてきた。

46歳のシュテリョ・ダンチェフは、儀式の前に毛皮を水に浸して柔らかくし、体に巻きつけて縫い合わせる。なめし革やバックルを使った今風の衣装になぜ変えないのかと問われると、衣装は昔のままであるべきだからと答えた。(PHOTOGRAPH BY EVO DANCHEV)
46歳のシュテリョ・ダンチェフは、儀式の前に毛皮を水に浸して柔らかくし、体に巻きつけて縫い合わせる。なめし革やバックルを使った今風の衣装になぜ変えないのかと問われると、衣装は昔のままであるべきだからと答えた。(PHOTOGRAPH BY EVO DANCHEV)
北東部のベッセリノボ村で、顔にすすを塗り、黒くて恐ろしい「クケル」にふんした24歳のバレンティン・シベフ。ブルガリアでは仮装した人を総称してクケリと呼ぶが、扮装するものや名称はさまざまだ。(PHOTOGRAPH BY EVO DANCHEV)
北東部のベッセリノボ村で、顔にすすを塗り、黒くて恐ろしい「クケル」にふんした24歳のバレンティン・シベフ。ブルガリアでは仮装した人を総称してクケリと呼ぶが、扮装するものや名称はさまざまだ。(PHOTOGRAPH BY EVO DANCHEV)

 現在、そうした儀式は昔ながらの村の伝統行事としてだけでなく、現代的なフェスティバルの場でも行われている。また、祭りの内容が変化したり新しくなったりするにつれ、都市部から村に里帰りして仮装に参加する人も年々増えつつある。

 ダンチェフもかつては都会で暮らしていたが、ペルニクの祭りの、異界のような雰囲気の虜(とりこ)になった。クケリには人と自然の強いつながりが表現されている。それはダンチェフが追い求めてきたテーマそのものだった。彼は生活の場を地方に移し、クケリの撮影に集中することにした。こうして、ブルガリアに伝わる仮装文化の多様性と、その伝統を支える人々を記録するという、ダンチェフの旅が始まった。

ベッセリノボ村の黒いクケリは、女性のスカートを身にまとい、ヤギの毛皮で作った帽子をかぶる。恐ろしい雰囲気を演出するため、背中に手作りのこぶを入れている。顔を黒く塗る仮装は、大昔から伝わる手法の一つだ。キリスト教の四旬節の最初の週に行われるこの催しでは、クケリの一団が村中を練り歩き、家を1軒ずつ訪ねて回る。(PHOTOGRAPH BY EVO DANCHEV)
ベッセリノボ村の黒いクケリは、女性のスカートを身にまとい、ヤギの毛皮で作った帽子をかぶる。恐ろしい雰囲気を演出するため、背中に手作りのこぶを入れている。顔を黒く塗る仮装は、大昔から伝わる手法の一つだ。キリスト教の四旬節の最初の週に行われるこの催しでは、クケリの一団が村中を練り歩き、家を1軒ずつ訪ねて回る。(PHOTOGRAPH BY EVO DANCHEV)

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