自動車大手のフォードが開発した電気で走る小型トラック「F-150ライトニング」。人気車種「F-150」の電気自動車(EV)版で、発表後1カ月で10万件を超す予約が殺到した。最低販売価格は4万ドル(約440万円)と従来のエンジン車より1万ドル高いが、維持費は大幅に下がるという。(PHOTOGRAPH BY DAVID GUTTENFELDER)
自動車大手のフォードが開発した電気で走る小型トラック「F-150ライトニング」。人気車種「F-150」の電気自動車(EV)版で、発表後1カ月で10万件を超す予約が殺到した。最低販売価格は4万ドル(約440万円)と従来のエンジン車より1万ドル高いが、維持費は大幅に下がるという。(PHOTOGRAPH BY DAVID GUTTENFELDER)
この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2021年10月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。

輸送機関のグリーン革命はもう始まっている。この大変革をリードしているのが自動車だ。身近になりつつある電気で動く自動車の可能性を探る。

クリーンな自動車に懸ける

 米国テネシー州チャタヌーガには、ドイツの自動車大手フォルクスワーゲン(VW)の組立工場がある。工場内では頭上高くに設置されたコンベヤーの上を車体が流れ、動力伝達装置が取り付けられた車台の上に73秒に1台のペースで降ろされる。車台と合体した車体は、再び床から持ち上げられ、キャスター付きの椅子に座った作業員が下にすべり込んで、ピストル型の電動レンチでボルトを締め、車の底面を石などから守るプレートを固定する。

 こうして完成するのが特徴的なデザインの人気車種「パサート」、ガソリンで走るエンジン車だ。広さ32万平方メートルのこの工場では、約3800人の作業員と1500台のロボットが1台また1台と作業を進め、1時間に45台、1作業日当たり337台を組み立てている。この工場が完成した2011年以来、累計生産台数は110万台を突破した。

 この工場があるのは、いわく付きの場所だ。第2次世界大戦中から断続的に30年ほど、米軍の委託を受けた業者がここで、爆薬に使われるトリニトロトルエン(TNT)を製造していた。その工場が排出する有毒な煙などのせいで、かつてチャタヌーガの住民は米国最悪クラスの大気汚染に悩まされた。その跡地に建設された工場で今、排ガス不正で信用を失った“前歴”をもつ自動車会社が、米国の交通システムのグリーン化に貢献しようとしているのだ。

 この工場からは近々、VWとしては初めて米国で生産した電気自動車(EV)が出荷されることになる。ここでは2022年からパサートのほかに、電気で走る小型のSUV(多目的スポーツ車)「ID.4」の組み立ても行われるのだ。需要の変化に素早く対応できるよう、既存の組立ラインを有効活用し、エンジン車とEVを交互に生産する計画で、21年春に私が訪れたときには、そのための準備が急ピッチで進められていた。

 100%電気で走るEVは、ガソリンや軽油で走るエンジン車に比べて構造が単純だ。「部品の数が少ないんです」と組立ライン技術者のクリス・ラーリグは言った。

 その代わり、EVにはとても大きな電池が搭載される。「ID.4」に搭載されるのは重量500キロ近い電池パックで、自動スクリューガンで車台に取り付けられる。組立ラインをエンジン車が流れてくれば、そのスクリューガンは熱シールドの取り付けに使われる。このようにロボットの使い方を切り替えながら、順調に作業が進むようにラインを設計するのは、「複雑なダンスのように難しい」とラーリグの上司であるノア・ウォーカーは話す。

 VWをはじめ多くの自動車メーカーが今、そんな“ダンス”に挑んでいる。そこからわかるのは、私たちの社会が決定的な局面を迎えているということだ。自動車産業全体が化石燃料を燃やして二酸化炭素(CO2)を大量に排出するエンジン車に背を向けつつある。そして、にわかに注目され始めたのがCO2を排出しない車だ。新興企業ばかりか、業界の旗振り役たる大手メーカーも、この新市場に何とか足場を築こうと必死になっている。

 とはいえ、気候変動にブレーキをかけるには、エンジン車からの転換は現状ではあまりにも遅い。深刻な被害を回避するには、遅くとも2050年までに、CO2排出量をゼロにする必要があると、国連の「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)は警告している。なにせ、運輸部門のCO2排出は全排出量の25%近くを占めるのだ。エンジン車離れを飛躍的に加速させ、最悪の事態を避けられる—そんなシナリオは今からでも可能だろうか。

 私たちが目撃している変化が革命にほかならないことに異論はないだろう。2020年には自動車の販売台数は前年比で16%減ったが、EVにプラグインハイブリッド車(PHV)を加えた販売台数は5割近く増えた。世界の市場に投入されたEVとPHVのモデルも4割増えて、今では約370車種。BMWの「ミニ」やポルシェのEV、そしてハーレーダビッドソンの大型電動バイクも登場している。

カリフォルニア州マリブの渓谷を進むバイクツーリングの一行。電動バイクは音がとても静かだ。このツーリングの主催者で、電動バイク専門店を経営するハーラン・フラッグは、騒々しいエンジン音を立てるバイクよりも、静かでクリーンなバイクで旅する楽しさを広めている。今では電動のハーレーダビッドソンも販売されている。(PHOTOGRAPH BY DAVID GUTTENFELDER)
カリフォルニア州マリブの渓谷を進むバイクツーリングの一行。電動バイクは音がとても静かだ。このツーリングの主催者で、電動バイク専門店を経営するハーラン・フラッグは、騒々しいエンジン音を立てるバイクよりも、静かでクリーンなバイクで旅する楽しさを広めている。今では電動のハーレーダビッドソンも販売されている。(PHOTOGRAPH BY DAVID GUTTENFELDER)

次ページ:EV普及を阻む壁

ここから先は、「ナショナル ジオグラフィック日本版」の定期購読者(月ぎめ/年間のみ、ご利用いただけます。

定期購読者(月ぎめ/年間)であれば、

  • 1 最新号に加えて2013年3月号以降のバックナンバーをいつでも読める
  • 2ナショジオ日本版サイトの
    限定記事を、すべて読める

おすすめ関連書籍

2021年10月号

未来は電気にあり/地球にやさしい空の旅/夜の海に漂う生命/ブルガリアの仮装の奇祭/希望のチンパンジー保護

輸送機関のグリーン革命は始まっています。この大変革をリードする自動車と、ゼロ・エミッションのフライト実現を目指す飛行機。空と陸、2つの業界の取り組みを取材しました。このほか、水中写真の巨匠がとらえた真夜中の海、ブルガリアの奇祭などの特集をお楽しみいただけます。

定価:1,210円(税込)