ヨルバの王「オニ」の頭をかたどったブロンズ像。12~15世紀ごろ。ナイジェリア国立イフェ博物館蔵。(ANDREA JEMOLO/SCALA, FLORENCE)
ヨルバの王「オニ」の頭をかたどったブロンズ像。12~15世紀ごろ。ナイジェリア国立イフェ博物館蔵。(ANDREA JEMOLO/SCALA, FLORENCE)

 アフリカの民族ヨルバ人が、神々が創造し、人類が発祥した聖なる地と信じている場所がある。イフェだ。

 ナイジェリア最大の都市ラゴスの200キロ北東に位置するこのイフェで、20世紀前半、考古学者が古代の頭像を発見し、ヨルバ文化の豊かな歴史に光を当てた。

 素材は金属だったり素焼きだったりと様々だが、頭像は正確に左右対称であるのが特徴だ。顔には線や模様が施され、髪形も精巧に作られており、いずれも堂々とした威厳を感じさせる。

 しかし、ヨルバ人にとって頭部がいかに重要かを、1910年にこれらの像を初めて見たドイツの民族学者レオ・フロベニウスは知らなかった。頭像の起源についての彼の説は、凝り固まった人種差別的な考えに基づいていたものの、彼がヨルバ人の作品に魅せられたことで、西欧諸国のアフリカ文化に対する見方が変わっていった。

ドイツ人学者の「トンデモ説」

 1873年、ドイツ帝国の首都ベルリンの中流家庭に生まれたフロベニウスは、幼いころから19世紀の探検家の年代記を読み、アフリカ大陸への憧れを募らせていった。1904年からはアフリカへと旅し、何千点もの文化遺産を持ち帰ってドイツの博物館に売却した。

 1910年には4度目の遠征に赴き、当時、英領ナイジェリアの支配下にあったヨルバ人の土地を通過した。今から1000年ほど前、この地でヨルバ文化が花開き、人々は多くの王国や都市を築いてきた。現在でもナイジェリアで最も大きな民族グループのひとつだ。

ギャラリー:アフリカ美術への偏見を覆したヨルバの頭像 写真7点(画像クリックでギャラリーページへ)
ギャラリー:アフリカ美術への偏見を覆したヨルバの頭像 写真7点(画像クリックでギャラリーページへ)
1910年に撮影された「オロクンの頭」。レオ・フロベニウスがイフェに返還した後、失われてしまった。(FROBENIUS INSTITUTE)

 フロベニウスはイフェの街に約3週間滞在した。イフェは11世紀頃に作られた都市で、職人の技術力の高さで知られていた。英国は1897年、ヨルバ人の土地にほど近いベニン王国から精巧な銅像を持ち出していた。そのため、フロベニウスはこの地域に豊かな文化があることを知っていた。

 イフェには、ヨルバ人の海の神「オロクン」に捧げられたと思われる美術品があった。フロベニウスが見たいと言うと、案内人は彼を神聖なヤシの木立に案内した。像は儀式に従ってそこに埋められていたが、フロベニウスが手に取って見ることができるよう、案内人が掘り出した。

 フロベニウスはその像を、「驚くべき美しさの頭像で、年代物の銅で見事にかたどられており、実物に忠実で、輝かしい深緑色の緑青で覆われている」と評した。フロベニウスはこれを「オロクンの頭」と名付け、木立を司る長老に6英ポンドで売るよう圧力をかけたと言われている。

 この売却は、ヨルバの長老たちを驚かせ、また英国政府の耳に入った。英国にとってドイツは、西アフリカで植民地を巡って争うライバルだったため、フロベニウスの動きは目立ってしまったのだ。オロクンの頭をイフェに戻すことを余儀なくされたフロベニウスだが、素焼きの頭像は複数、ドイツに持ち帰った。

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