自ら毒の体験も、生物毒に魅せられた科学者たち、新薬開発目指し

すでに実用化された薬も、新たな抗がん剤や鎮痛薬の候補を探索

2021.09.12
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【動画】命を救う生物毒
意外かもしれないが、動物がもつ猛毒の中には数百万人の命を救っている物質もある。いつの日か、あなたの命もこうした物質に救われるかもしれない。(解説は英語です)(PRODUCER/EDITOR: Laurence Alexander SERIES PRODUCER: Christopher Mattle)

趣味と実益を兼ねて毒の感覚を記録

 毒をもつ生物を研究している科学者は、仕事中の事故で刺されてしまうことが多いが、なかには趣味と実益を兼ねて、世界一痛いとされる毒の感覚をあえて記録しようとする科学者もいる。様々な生物に刺されたときの痛みを評価し、それぞれの感覚を比較することで、各種の生物毒の成分が神経系に与える影響を明らかにできるからだ。

 現在は米アリゾナ大学サウスウエスト生物学研究所に所属している昆虫学者のジャスティン・O・シュミット氏は、1970年代後半に、あらゆる種類の昆虫に刺されたときの主観的な体験を記録するプロジェクトを開始し、有名な「シュミット刺突疼痛指数」を開発した。「フロリダ収穫アリ」と呼ばれるシュウカクアリ属の大型の赤いアリ(Pogonomyrmex badius)に刺されたことがきっかけだった。

 シュミット氏はその体験をこう語る。「腕を刺されるとしましょう。そうすると、おびえた犬のように毛が逆立つのです」

 この特異な反応が氏の好奇心を刺激した。「それがきっかけで、違う種類の昆虫に刺されたときの痛みを比較する方法が必要だと気付いたのです」。シュミット氏の著書『蜂と蟻に刺されてみた―「痛さ」からわかった毒針昆虫のヒミツ』(白揚社)には、82種の昆虫の刺し方が説明されており、痛みが4段階で評価されている。(参考記事:「刺された人でないとわからない 史上最悪の虫と、刺される場所」

オーストラリア東部の熱帯雨林によく見られるイラノキ属のデンドロクニデ・エクセルサ(Dendrocnide excelsa)は高さ40m以上にもなる巨木だが、人が刺されるのは、地面に近いところに葉がある若木が多い。全体が刺毛に覆われていて、これに触れてしまうと数時間は痛みが続き、数週間後に症状が再発することもある。(PHOTOGRAPH BY SAM ROBINSON)
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オーストラリアのキバハリアリ属の1種(Myrmecia gulosa)は刺されると痛いことで有名だ。ロビンソン氏が率いるチームは、このアリの毒に関する初の包括的な研究論文を2018年に発表しており、新しい鎮痛薬の開発に役立つことが期待されている。(PHOTOGRAPH BY SAM ROBINSON)
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 ナショナル ジオグラフィック協会のエクスプローラーであるロビンソン氏は、シュミット氏から約40年遅れて生物毒の研究を始めた。氏は、自分が刺されたときの経験をシュミット指標で評価してソーシャルメディア上で発表している。また、自然界で最も悪名高い生物毒の解明にも取り組んでおり、最近では、イラノキ、イラガ、ドクハキコブラなどの研究に協力している。

 ある研究で、ロビンソン氏とシュミット氏はアリゾナ州でアリバチを集めた。アリバチは、鮮やかな色をしていて、全身に毛が生えている、アリに似た翅のないハチである。「牛殺し」の異名をもつこのハチに刺されたときの感覚を、ロビンソン氏はツイッター上で「脈打つような鋭い痛みが強くなってゆき、やがて弱まってかゆみと腫れになる」と表現している。シュミット氏の著書での表現はさらに描写的だ。「爆発的な痛みが長く続く。正気ではないような悲鳴が出る。煮えたぎった油を手にぶちまけたような痛み」。2人とも、この痛みを4段階中の3と評価している。

 ロビンソン氏とシュミット氏らは、アリバチの毒の成分とその機能に関する詳細な研究成果を、5月10日付けで学術誌「Cellular and Molecular Life Sciences」に発表した。アリバチの毒は、細胞の表面にある「イオンチャネル」と呼ばれるゲートからイオンを流出入させることで、細胞膜を破壊することがわかった。毒液に含まれる分子は、イオンチャネルに結合して閉じられなくすることで、痛みの信号を脳に送る。

 このような生物毒の作用を解明すれば、同じ受容体を標的としながら、痛みを引き起こすのではなく和らげるような新薬を作れる可能性がある。

毒をもつ木とがん治療

 デンドロクニデ・エクセルサは、生物毒の痛みのしくみを解明する手がかりとなることを示すもう1つの例だ。アリバチに刺されたときとは異なり、この木のとげに刺されたときのじわじわした痛みは、治まってから数時間が経過していても、低温によって再燃することがある。ロビンソン氏は実体験から、「患部に冷たい水をかけると、最初と同じ強さの痛みが蘇ってくるのです」と語る。

 がんの化学療法に使われる薬にもこの作用を引き起こすものがあり、抗がん剤を服用しているがん患者が冷たいものに触れたときに覚える不快感や痛みは「冷感アロディニア(異痛症:感覚異常としての不快感や痛み)」と呼ばれている。

 ロビンソン氏は、「この木に含まれる毒素がどのような物質で、どのように作用しているかがわかれば、冷感アロディニアのメカニズムについても何かがわかるかもしれません」と話す。「そうすれば、冷感アロディニアを防ぐ方法も見つかるかもしれません」

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