コロナで注目の抗寄生虫薬イベルメクチン、今わかっていること

米国で処方数が24倍に急増、過剰摂取の健康被害に警告する事態に

2021.09.06
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
イベルメクチンは、家畜の体内にいる寄生虫を駆除するために使用される。写真は米ワイオミング州の牧場で飼育されているウシたち。(PHOTOGRAPH BY CHARLIE HAMILTON JAMES, NAT GEO IMAGE COLLECTION)
[画像のクリックで拡大表示]

 米国ではワクチンを接種していない人の間で、抗寄生虫薬「イベルメクチン」の需要が高まっている。デルタ株が急速に拡大する中、ワクチンに懐疑的な人々が代替薬を求めて、一部の医師や支持者が奇跡の治療薬として盛んに宣伝しているイベルメクチンにたどり着いたのだ。

 米食品医薬品局(FDA)は、人や動物における特定の寄生虫の治療薬としてイベルメクチンを承認しているが、新型コロナに対する使用は許可していない(訳注:日本国内でも新型コロナ治療薬としては未承認)。

 フロリダ州、ミシシッピ州、テキサス州を含む複数の州の中毒管理センターは、イベルメクチンの誤用や過剰摂取に関連する電話や症例が最近になって急増したと報告している。また、米疾病対策センター(CDC)の報告によると、イベルメクチンの処方数は2021年8月13日までの1週間で8万8000件を超え、パンデミック前の水準である1週間あたり3600件から24倍に増加した。つまり、FDAの見解にもかかわらず、新型コロナのためにイベルメクチンを処方する医師がいたということだ。

動物用イベルメクチンの容器。南アフリカでは、規制当局が効果や安全性について十分な証拠がないと認めているにもかかわらず、新型コロナの治療にイベルメクチンを限定的に使用することが認められている。隣国のジンバブエもイベルメクチンの使用を許可した。(PHOTOGRAPH BY DENIS FARRELL, AP PHOTO)
[画像のクリックで拡大表示]

 8月、イベルメクチンは米国の一部の農場用品店でも飛ぶように売れた。フロリダ州ジャクソンビルにあるフランク・ウォールメイヤー氏の店では、イベルメクチンの売上は3倍近くに達し、この薬に関する問い合わせの電話が毎日少なくとも十数回は鳴っているという。その多くは、ウシやウマの腸内にいる寄生虫を駆除したいというものではなく、自分自身や大切な人が新型コロナウイルス感染症を予防または治療するためだ。

「(新型コロナの)患者の管理が非常に複雑になっています。患者の数も、誤った情報も多すぎるためです」。米南フロリダ大学モルサニ医科大学の疫学者で、タンパ総合病院にも所属するジョン・シノット氏はそう語る。

 また、動物と人間では薬の調合や用量が異なる。人間での臨床試験を経ていない不活性成分を含み、濃度が高い動物用のイベルメクチンの摂取は害になる可能性があることをFDAは警告している。

 FDAは8月21日にこうツイートした。「あなたはウマではありません。ウシでもありません。本気で言っています。やめてください」

 人間用のイベルメクチンは、日本では腸管糞線虫症や疥癬(かいせん、ヒゼンダニの寄生によって起こる皮膚炎)の治療薬として承認されている。この目的での使用は一般的に安全とされているものの、頭痛、吐き気、下痢、皮膚の発疹、血圧の上昇などの副作用が起こりうる。また、大量に服用すると痙攣(けいれん)を起こし、入院が必要になることもある。

科学的な根拠は現段階では不十分

 新型コロナウイルスの感染初期にイベルメクチンを投与すると、死亡や重症化のリスクが低減することを示唆する研究はある。しかし、証拠とするには不十分だ。「イベルメクチンが新型コロナとの闘いに役立つかどうかはわかりません」とドイツ、ビュルツブルク大学の生物学者シュテファニー・バイベル氏は語る。「これまでに発表されている研究の信頼性は限定的です」

 バイベル氏らは14件のイベルメクチン研究に関するレビュー論文を7月28日付けで学術誌「Cochrane Database of Systematic Reviews」に発表した。その中で氏らは、対象にした患者数が少なかったり調査設計が適切でなかったりする臨床試験が多く、イベルメクチンの効果が過大評価されているケースがあると指摘した。氏は、英オックスフォード大学で現在実施されているような、より堅実な臨床試験を推奨している(※)。

 イベルメクチンの製造元である米製薬大手メルクでさえ、科学文献を独自に分析した結果、新型コロナに対する同薬の使用は支持されないとする声明を2021年2月に発表した。だが一部のイベルメクチン支持者は、同薬の使用が明らかな利益をもたらさないとしても、少なくとも害はないだろうと主張する。

次ページ:「イベルメクチン騒ぎ」の経緯

※編注:日本の厚生労働省は8月31日に発表した『新型コロナウイルス感染症診察の手引き 第5.3版』の「薬剤の適応外使用」の項目で「イベルメクチンによる治療は標準治療やプラセボと比較して、軽症患者における全死亡、入院期間、ウイルス消失時間を改善させなかったと報告されている」と記述している。なお、日本では現在治験を実施中。

ここから先は「ナショナル ジオグラフィック日本版サイト」の
会員の方(登録は無料のみ、ご利用いただけます。

会員登録(無料)のメリット

  • 1ナショジオ日本版Webの
    無料会員向け記事が読める
  • 2美しい写真と記事を
    メールマガジンでお届け

おすすめ関連書籍

ディープフェイク ニセ情報の拡散者たち

人類 vs AI。バイデン、マクロン、ラスムセンら世界の要人に助言を与えてきた著者が書き下ろす、あらゆる情報が信用できなくなる未来。

定価:1,870円(税込)

おすすめ関連書籍

その話、諸説あります。

この世界はわかっていることよりも、わかっていないことの方が多い。研究者たちは仮説を立て、検証を繰り返して、事実に迫ろうとする。本書では、さまざまなジャンルで提唱されている“謎"と、その解明に迫る“諸説"を紹介する。 〔全国学校図書館協議会選定図書〕

定価:1,925円(税込)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加