結核、炭疽、コレラを究明 「細菌学の父」ロベルト・コッホ

人類を苦しめてきた病気の原因となる細菌を発見した「細菌ハンター」

2021.09.22
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 調査には最新の疫学研究の成果が活かされた。ゲッティンゲン大学におけるコッホの教師の一人、フリードリッヒ・グスタフ・ヤコブ・ヘンレは、1840年に「感染症は微小な生物によって引き起こされる」と主張していた。1860年代初頭には、フランスの生物学者ルイ・パスツールが、そうした小さな病原菌によって感染が起こることを証明した。しかし、それぞれの病気の原因となる細菌を特定して分離することは、はるか遠い望みのように思われた。(参考記事:「人体に宿る無数の微生物、未来の犯罪捜査にも?」

 コッホはまず、炭疽症が発生している農場を訪れて、ウシやヒツジの様子を観察した。そこで彼は、健康だったウシの血液が黒っぽいペースト状になり、数日でそのウシが死んでいく様子を目の当たりにした。病気のウシやヒツジに接した人も体調を崩し、その多くが肺炎で死んでいった。

 死んだウシの黒い血を顕微鏡で見てみると、健康な動物の血にはない、細長い米粒のような形をした構造物があった。それは、1850年代に初めて観察されていたものの、炭疽症の原因菌として科学的に証明されていなかった「炭疽菌」だった。

ロベルト・コッホの顕微鏡。1872年頃、ポーランドのヴォルシュティンにいた頃のもの。(AKG/ALBUM)
ロベルト・コッホの顕微鏡。1872年頃、ポーランドのヴォルシュティンにいた頃のもの。(AKG/ALBUM)
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 この細菌が病気の原因であるかどうかを確かめるため、コッホは独自の実験方法を考案した。まず、感染した動物の血液を木片に染み込ませた後、ネズミの尾の付け根に小さな切り込みを入れ、そこから体内に木片を挿入した。翌朝、ネズミは死んでいた。コッホが死体を解剖すると、血液中に同じ棒状の微細な構造物が見つかった。

 コッホは、この棒状のものが病気の進行に重要な役割を果たしていることを発見しただけでなく、細菌を含んだ血液が新たな対象を感染させることができるのは2日間のみだということも突き止めた。さらに、炭疽菌が活動と休眠のサイクルを繰り返していることを明らかにした。炭疽菌は棒状の細胞の中に芽胞を発生させ、土の中で何年も眠ったような状態を保つことができる。そして、条件が整うと再び「死の細胞」に成長し、土の上の草を食む動物に感染する。病気になる個体もいれば、ならない個体もいるのはこのためだ。

炭疽病の研究をしていたコッホは、顕微鏡で観察した試料の中に光沢のあるビーズ状の芽胞を発見した。この芽胞が、ある条件の下で成長して、炭疽症の原因となる棒状の炭疽菌になった。こうした芽胞は土の中で何年も休眠した後、再び蘇って、死に至る病をもたらすようになる。(SPL/AGE FOTOSTOCK)
炭疽病の研究をしていたコッホは、顕微鏡で観察した試料の中に光沢のあるビーズ状の芽胞を発見した。この芽胞が、ある条件の下で成長して、炭疽症の原因となる棒状の炭疽菌になった。こうした芽胞は土の中で何年も休眠した後、再び蘇って、死に至る病をもたらすようになる。(SPL/AGE FOTOSTOCK)
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 3年間の苦心の末、コッホは1876年、ドイツを代表する植物学者フェルディナント・ユリウス・コーンをはじめ、ブレスラウ大学の同僚たちに研究成果を披露した。コッホは3日間の発表で、炭疽菌の生活環を明らかにし、この菌が炭疽症の原因であることを証明した。出席者の一人は、次のように熱弁した。コッホが学術的な訓練を受けていないにもかかわらず、「すべてを自分でやり遂げた......これは病理学の分野における最大の発見だ」。先駆者たちが、細菌が原因であるとの説を提唱した後、特定の細菌が特定の病気の原因であることを突き止め、医学における細菌学を立ち上げたのはコッホだったのだ。

原因究明

 1880年、ドイツ政府はベルリンに新しい細菌学研究所を開設し、コッホが所長に任命された。設備の整った実験施設と熟練した研究助手を得たコッホは、より良い条件下で研究することができるようになった。例えば、研究チームは細菌の純粋な培養液を作るためのプレート技術を完成させた。汚染されていない培養液を使えば、その中に含まれる細菌だけが病気を引き起こすことを示せる。画期的な進歩だった。

次ページ:コッホが残した功績

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