アフリカでは幼いチーターが捕らえられ、ペットとして売られる違法取引が横行している。犯罪組織による密輸の現状と、ソマリランド当局の撲滅活動を追った。
この動物に見覚えがありますか?
検察官はケージに押し込められた5頭の幼いチーターを指して、そう質問した。法廷の前方にある格子で囲まれた小部屋には2人の被告人がいる。鳥のさえずりのようにも聞こえるチーターの悲痛な鳴き声が、コンクリートの床や壁に響き渡った。
被告人の一人、アブディラフマーン・ユスフ・マフディ(通称アブディ・ハヤワーン)は、チーターに目をやると、「一度も見たことがありません」と言って手を横に振った。
一拍置いて、もう一人の被告人、マハメド・アリ・グーレードが口を開いた。少し小さく見えるが、自分の家にいたチーターかもしれないと。
裁判はソマリランドの首都ハルゲイサで開かれていた。ここはソマリアからの分離独立を一方的に宣言している共和国だ。「アフリカの角」と呼ばれるこの一帯では、希少でネコ科の象徴ともいえるチーターの違法取引が横行している。ソマリランドがそうした密売組織の取り締まりを強化しているさなかに、2人の被告人は野生のチーターの子を捕獲した罪に問われている。
2020年10月、警察はある情報をもとに捜査を開始。グーレードの自宅で10頭の幼いチーターを発見し、グーレードとアブディ・ハヤワーンを逮捕した。ソマリランドでチーターの違法取引が摘発されるのは4カ月間で6回目だった。
グーレードは小部屋の格子に近づき、裁判官にこう訴えた。彼は数カ月前に知り合ったばかりの友人アブディ・ハヤワーンのために、好意でチーターの子を預かり世話をしていただけで、それが違法だとは知らなかったという。
「アブディ・ハヤワーンが私をこの一件に巻き込んだのです。私には18人の子どもと4人の妻がいます」。グーレードはそう言って、やり直すチャンスが欲しいと嘆願した。
アブディ・ハヤワーンは無反応のまま、背後の長椅子に座っている。
アブディ・ハヤワーンは過去に3回、チーターに関する事件で有罪判決を受け、ソマリランドで悪名高いチーターの密売人として知られていた。アブディ・ハヤワーンというあだ名は「アブディ・アニマル」という意味だ。彼は立ち上がると、平然とした口調で言い分を述べた。
確かに以前、チーターの密売で服役したことはあるが、今はもう違法取引には関わっていないという。チーターの子たちはグーレードのもので、「私が関与したという明白な証拠は何もありません」
裁判官は納得したようには見えなかった。
最近の推計によれば、野生のチーターの成獣は7000頭を下回り、その大半はアフリカの南部と東部に生息している。国際的なチーターの商取引は1975年に禁止されたが、2010年から19年までの間に、世界全体で3600頭以上ものチーターが売りに出されたり、違法に売買されたりしている。15年間にわたってチーターの取引を調査している米コロラド州立大学の研究者パトリシア・トリコラーチェによると、捜査機関が売買を阻止できたのは、そのうちの約1割にすぎない。ソマリランドでは1969年以来、野生のチーターの捕獲は違法とされている。
赤ちゃんチーターを狙う
チーターの生存を脅かす最大の要因は、生息地の消失と、家畜を殺された牧畜民による報復だが、その状況をさらに悪化させているのがチーターの子の違法取引だ。密売人たちは、母チーターが狩りに出ている隙を狙ったり、授乳期の母親が巣に戻るのを追跡したりして子を連れ去る。多くの場合、それは生後間もない赤ちゃんだ。
その後はラクダや車、船などを使い、時には徒歩でアフリカの角を北上し、アデン湾を渡ってイエメンまでチーターを運ぶ。その距離は350キロを超え、何週間もかかることがある長旅だ。生き延びたチーターはペットとしてサウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)、クウェートなどの湾岸諸国に売られていく。
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