グラディエーター 熱狂の舞台裏

古代ローマの剣闘士。研究から、映画や小説とは違う姿が見えてきた

2021.07.28
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南仏のアルルに1900年前に造られた古代ローマ時代の闘技場で、砂ぼこりを巻き上げながら剣闘士の戦いを再現する二人。何世紀にもわたってローマ人を魅了した古代のスポーツの謎に迫るには、こうした試みも役立つ。(PHOTOGRAPH BY BYRÉMI BÉNALI)
この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2021年8月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。

大観衆の前で、手に汗握る戦いを繰り広げた古代ローマの剣闘士。「グラディエーター」としても知られる彼らはどのような日常を送っていたのか。研究から、映画や小説とは違う姿が見えてきた。

第I章:フランス アルル

 南フランスにある古代ローマの円形闘技場。

 砂を敷いた地面に地中海の強烈な日差しが照りつける。そこから地下の薄暗いトンネルに下りると、ひんやりした空気が肌に心地よい。

 だが、ほっとしたのもつかの間、顔まで覆う兜(かぶと)を渡された。かぶると、熱が籠もって息苦しい。ほぼ2000年前にローマの剣闘士が使った兜のレプリカで、へこみがあり、引っかき傷がついている。重さは約6キロだ。

 青銅でできた兜の穴から外をのぞくと、腰布を着けた男性が二人、準備運動をしていた。一人が革手袋をした手で、太くて短い剣を握って跳びはねると、金属製の腕当てがジャラジャラと音を立てた。緊張して突っ立っている私を見て、もう一人の男性がいきなり剣を振りかざし、頭を打ってきた。兜がどれほど頑丈か教えるためらしい。

 私は肩をすくめた。これも取材のうちだ。見かねて、指導者のブリス・ロペスが割って入ってきた。「この人は訓練をしていないから、筋肉がついていないんだ。首の骨が折れるぞ」

 ロペスはフランスの元警官で、柔術の黒帯を取得し、格闘技の指導経験もある。今は剣闘士の戦いの研究や再現を行う団体、ACTAを運営している。古代の戦いに興味をもったのは27年前のこと。それ以来、実戦で使える剣闘士の武器や防具のレプリカを特注で作らせて、映画や小説に描かれる命懸けの戦いでどう使われていたかを研究してきた。

 研究すればするほど疑問がふくらんだ。金属製の腕当てとすね当て、頭部をすっぽり覆う、ずっしり重い青銅の兜。剣闘士は多くの場合、戦地に赴くローマの兵士並みに、完全防御の装備を身に着けていた。ところが、彼らの多くが手にする剣は長さ30センチほどと短い。「ナイフで戦うのに、なぜ重さ20キロもの防具が必要だったのか」とロペスは問う。

ポンペイで1766年に出土した剣闘士の防具や武器。写真は上から時計回りに、兜(かぶと)、短剣、盾、すね当てだ。剣闘士は防具のおかげで致命傷を避けつつ、戦うことができた。(MUSEO ARCHEOLOGICO NAZIONALE DI NAPOLI, ITALY)

 彼が出した結論はこうだ。剣闘士はどちらかが死ぬまで戦ったわけではない。目的は生きて戦いを終えること。何年も訓練を積み、見せ場の多い派手な戦いを繰り広げたが、それはたいていの場合、死に直結する戦いではなかった。「事前に流れを決めていたわけではありませんが、暗黙の了解があったのです。互いを敵と見なさず、協力して、できる限り見応えのある勝負をしよう、という」とロペスは話す。

 この20年ほどで新たな史料の発見が相次ぎ、剣闘士の戦いに関するロペスの解釈の一部が裏づけられた。映画などでおなじみのイメージは覆されつつある。犯罪者や戦争捕虜が罰として戦わされる例は数少なく、剣闘士の大半は、今のボクサーや総合格闘家のようなプロの競技者だった。戦いを終えると、妻子の待つ家に帰る者もいた。

 残された記録を見ると、剣闘士は腕しだいで実入りのいい稼業ともなり、志願する者もいたようだ。対戦の場であるアリーナで勇敢な戦いを見せれば、民衆の英雄になれたし、囚人であれば、自由の身にもなれた。そして、これが何よりも意外かもしれないが、試合で命を落とす確率はそう高くなかった。10人中9人の剣闘士が生きて戦いを終え、次の戦いに備えたと考えてよさそうだ。

1960年の映画『スパルタカス』を見て剣闘士の勇敢さにほれ込んだザハル・ニクマトゥーリンの背中。彫り師のアレクサンドル・コサックにモスクワの仕事場で25時間かけて映画の一場面を彫ってもらった。(PHOTOGRAPH BY BYRÉMI BÉNALI)

次ページ:剣闘士はロックスターのようなものだった

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