幻の「人民オリンピック」とは何か、開会式前夜に起きた戦闘

ナチスドイツ下で開催されたベルリンオリンピックへの抗議になるはずだった

2021.07.23
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異なる肌の色をした人々が、「人民オリンピック」と書かれた旗を手に持つポスター。人民オリンピックは、ナチスドイツによるベルリンオリンピックへの抗議として、1936年にバルセロナで開催されるはずだった。(PHOTOGRAPH VIA PHOTO12/UNIVERSAL IMAGES GROUP/GETTY)
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 ベルリンオリンピックが開幕する1カ月前の1936年7月3日、米国選手団を乗せた船が、ヨーロッパへ向けて出港した。ただし、行先はドイツではなかった。彼らが向かったのは、7月19日から予定されていた第1回「人民オリンピック」の開催地、スペインだった。

 人民オリンピックは、ナチスドイツが主催するベルリンオリンピックへの抗議として計画され、反ファシスト運動を世界に示す機会となるはずだった。ところが、実際は競技とはかけ離れた戦いに取って代わられることを、選手たちはこの時知る由もなかった。

 当時、世界ではナチス政権下のドイツで行われるイベントをボイコットしようという動きが高まっていた。オリンピックが世界情勢に巻き込まれるのは、これが初めてではなかった。この20年前には、第一次世界大戦の影響でオリンピックは中止に追い込まれたし、その後も第二次世界大戦で再び中止となり、2020年には新型コロナのパンデミックのため1年延期された。(参考記事:「「呪い」は本当? オリンピックの混乱の歴史」

 1936年、世界はもはや、ドイツで起きていることを無視できない状況になっていた。ヒトラーは、第一次世界大戦後に非武装と決められていたラインラント地方を再武装し、ユダヤ人やロマ(ジプシー)、左派の人々や同性愛者、身体障害者を捕らえて強制収容所へ送っていた。

 しかし、ボイコットの動きは拡大せず、多くの国は最終的に選手団をドイツへ送ることにした。そこで浮上したのが、ファシズムの拡大に抗議するもう一つのスポーツ競技会の開催だ。4月、パリで開かれた「オリンピックの理想を尊重する国際会議」で計画が持ち上がると、開催地はスペイン、カタルーニャ政府の申し出で、バルセロナに決まった。

1936年、ナチスのプロパガンダに利用されたベルリンオリンピックの開会式で、居並ぶナチス青少年団の間を駆け抜ける聖火ランナー。(PHOTOGRAPH VIA GETTY)
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 だがその頃、スペインは内戦へ向かって突き進んでいた。その年の初め、バルセロナとマドリードで、左派、リベラル、共産主義者、社会主義者による人民戦線政府が選出されると、それを受けて右派の君主制支持者、ファシスト、カトリック過激派、地主らが武装を始めていた。そんな状況のなか、ファシズムに反対するおよそ2万人の選手やファンが、人民オリンピックへの参加を決意した。

 ベルリンでの公式イベントと違い、人民オリンピックの開会式には、ヨーロッパの国を追放されたユダヤ人や北アフリカの植民地出身の選手らが、国や国家を持たない民族の代表チームとともにスタジアムへ入場することになっていた。

 ドイツから追放されたユダヤ人が作曲し、カタルーニャの詩人が作詞した曲が流され、21カ国から人々が参加する予定だった。最初の競技は1チーム10人による1000メートルリレー走で、個人の能力を称えるというよりは、労働者の体力向上に努めた国を報いることに焦点が置かれた。(参考記事:「アンネ・フランクを密告したのは誰なのか」

 女性選手も、ベルリンオリンピックで認められていたよりも多くの種目に参加することができた。

 わずか3カ月で計画されたため、公式オリンピックのような贅沢はかなわなかった。ベルリンの選手団は、新しく建設されたばかりの選手村でもてなしを受けたが、人民オリンピックの選手たちは、一般人の家や安ホテルに宿泊した。

 それでも反ファシストオリンピックへの関心は意外と高く、予想よりも多くの選手が参加を希望したため、カタルーニャ政府は町中を駆け回って宿泊所を探さなければならなくなった。開催期間も、当初予定されていた4日間から1週間に延長され、既に町に貼られていたポスターの日付は一枚一枚修正された。

【動画】オリンピックの歴史
世界のトップアスリートたちが競うスポーツの祭典。オリンピックはどこで始まったのか?ゼウス神との関係は?開催期間中の休戦合意が生まれた背景とは?(解説は英語です)

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