カラハリ砂漠 瀬戸際の生態系

深刻化する気温上昇と干ばつで生態系の危ういバランスが崩れつつある

2021.07.28
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
誌面で読む
ミーアキャットにとっては、集団行動が生存の鍵だ。見張り役が周囲を警戒し、下位の成体、主に雌が優位の雌の子育てをする。夏の気温の上昇と乾燥が進み、個体数減少を招いている可能性がある。(PHOTOGRAPH BY THOMAS P. PESCHAK)
この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2021年8月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。

アフリカ南部に広がる乾燥した大地では、深刻化する気温上昇と干ばつで生態系の危ういバランスが崩れつつある。

 砂丘の浅いくぼみの中で、2人の女性が何時間も座ったまま静かに待っていた。

 夜の10時。サエズリヤモリのカスタネットのような鳴き声が、遠ざかる波のように響き渡り、暗闇に溶けていく。夕暮れ時に発信器が指し示したこの地点は、アフリカのカラハリ砂漠の南部で、一般的に「砂漠」と呼ばれているが、生態系としてはサバンナと呼ぶのが正しい。

 この近くに、女性たちが2カ月間追跡してきた雌のサバンナセンザンコウの巣穴がある。昼間がとても暑かったせいか、夜遅くになってもまだ動きがない。

 このセンザンコウは「ホープウェル3」と呼ばれている。博士課程に在籍中のウェンディ・パナイノ(28歳)とバレリー・ファコアゴ(30歳)は以前、砂に残る足跡を追跡し、ホープウェル3のうろこに覆われた臀部に発信器を装着した。そのため今は、無線で居場所を確認できる。

 今夜の目的は、「カラハリの黄金」と呼ばれるサバンナセンザンコウの糞(ふん)の採取だ。センザンコウは警戒心が強く、観察するのが難しい。だが糞は、アリやシロアリを食べる彼らと、そうした昆虫が食べる草やその種子との関わりについて、多くの情報を提供してくれる。また、アフリカの南半球に位置する乾燥したサバンナでは、生き物の活動は11月から3月までの夏の雨期に活発になるが、その生物同士の関係を探るうえでも、糞の調査は重要だ。

ウェンディ・パナイノ(左)とバレリー・ファコアゴが、夜行性で警戒心の強いツチブタが掘った穴を調べる。摂取した昆虫の栄養価を分析するためだ。カラハリ砂漠の食物連鎖を理解すれば、ツワルの保護区における野生動物の最適な生息数を割り出せる。(PHOTOGRAPH BY THOMAS P. PESCHAK)

 パナイノとファコアゴは、南アフリカのヨハネスブルクにあるウィットウォーターズランド大学の野生生物保全生理学研究室に所属している。今、行っている調査は、「カラハリ絶滅危惧生態系プロジェクト」(KEEP)の一環で、気候変動が生態系の危ういバランスを揺るがす状況を探っている。

 カラハリ砂漠のなかでも、この一帯はすでに気候変動が激しい地域として赤信号がともっている。南アフリカのケープタウン大学は気候モデルを使い、ホープウェル3の生息地のすぐ北にあるボツワナの平均気温が今後どのように変化するか、数値を割り出した。

 温暖化対策の国際的な枠組みであるパリ協定では、世界の平均気温の上昇を1.5℃までに抑える目標を掲げているが、10年以内にそれを超える可能性がある。その頃にはボツワナの平均気温はすでに2℃以上高くなっていると予測されている。そして、世界の平均気温が3℃上昇した場合は4.2℃となり、カラハリ砂漠の生態系は壊滅すると研究者は指摘する。

 2012年から13年に起きた夏の干ばつで、サバンナセンザンコウと同じように砂丘にすみ、シロアリを採食するツチブタを調べたところ、気候変動が及ぼす深刻な影響が明らかになった。雨が降らなければ草が枯れ、それを食べるアリやシロアリの数が激減し、さらにそれらを栄養源とする動物が飢える、という負の連鎖が起きていたのだ。単年の雨不足で草が生えなかっただけで、アリを食べる動物が2種も存亡の危機に直面した。異常な高温と深刻な干ばつが長期的に続くようになったらどうなってしまうのか。草から始まる食物連鎖のなかで、あおりを受ける生き物は数知れない。

 カラハリ砂漠は、ボツワナ、ナミビア、南アフリカにまたがる、切れ目なく続く世界最大の砂地で、さながら風が吹きすさぶ砂丘の海だ。樹木は点在するものの、草地が大半を占めるサバンナの風景が広がっている。この砂漠の南端では、山肌がむき出しになった珪(けい)岩の小山がうねり、それを背景に、風がつくり出す砂丘が南北方向に折り重なっている。

次ページ:砂漠の様相が大きく変わってしまった

ここから先は、「ナショナル ジオグラフィック日本版」の
定期購読者(月ぎめ/年間のみ、ご利用いただけます。

定期購読者(月ぎめ/年間)であれば、

  • 1 最新号に加えて2013年3月号以降のバックナンバーをいつでも読める
  • 2ナショジオ日本版サイトの
    限定記事を、すべて読める

おすすめ関連書籍

2021年8月号

グラディエーター 熱狂の舞台裏/半透明なカエル/空腹と闘う米国/カラハリ砂漠の生態系

大観衆の前で、手に汗握る戦いを繰り広げた古代ローマの剣闘士。研究によって映画や小説とは違う姿が見えてきました。「グラディエーター 熱狂の舞台裏」でお伝えします。このほか、驚きの生態を持つ「半透明なカエル」、食料不安に立ち向かう人々を描いた「空腹と闘う米国」などの特集をお届けします。

定価:1,210円(税込)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
誌面で読む