体操はいかにしてオリンピックの人気競技となったか

古代ギリシャ裸の体操から、ナショナリズムとともに発展

2021.07.24
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1908年のロンドンオリンピックで、あん馬から完璧な着地を見せるデンマークの体操選手。 体操は、近代オリンピックが始まって以来、オリンピックに欠かせない競技で、選手たちは跳馬やつり輪、平行棒などの技を競い合う。(PHOTOGRAPH VIA TOPICAL PRESS AGENCY/GETTY IMAGES)
1908年のロンドンオリンピックで、あん馬から完璧な着地を見せるデンマークの体操選手。 体操は、近代オリンピックが始まって以来、オリンピックに欠かせない競技で、選手たちは跳馬やつり輪、平行棒などの技を競い合う。(PHOTOGRAPH VIA TOPICAL PRESS AGENCY/GETTY IMAGES)

 内村航平や米国のシモーネ・バイルズなど、圧倒的な強さを持つ選手たちの活躍もあって、体操はオリンピックで最も愛される競技のひとつとなった。

 と言っても、かつての体操には段違い平行棒や平均台といった競技はなく、代わりに綱登りやこん棒振りなどがあった。古代ギリシャの伝統的な体操から現代のオリンピック競技へと進化する中で、体操は常に国の威信、ナショナリズム(国家主義)と密接に結びついてきた。その歴史を振り返ってみよう。

体操の起源

 体操の起源は、古代ギリシャ時代にさかのぼる。若者たちは戦争に備え、肉体的および精神的に厳しい訓練を受けた。体操を示す英語「gymnastics」の語源は、ギリシャ語の「gymnos(裸)」。若者たちが裸で床運動をしたり、重りを持ち上げたり、走ったりしていたことに由来する。

古代ギリシャでは裸で体操の練習が行われていた。体を鍛える目的は、戦争に備えることだった。 (COURTESY OF H.M. HERGET, NATIONAL GEOGRAPHIC CREATIVE)
古代ギリシャでは裸で体操の練習が行われていた。体を鍛える目的は、戦争に備えることだった。 (COURTESY OF H.M. HERGET, NATIONAL GEOGRAPHIC CREATIVE)

 古代ギリシャ人にとって、運動と学問は密接に結びついていた。スポーツ史家のR・スコット・クレッチマー氏によると、ギリシャの若者がトレーニングを行うジムは「学問と発見の拠点」、つまり一種の社交場だったという。彼らはそこで、身体および知に関する教育を受けていた。紀元前4世紀のギリシャ哲学者アリストテレスは「心の教育よりも身体の教育が先にあるべきだ」と書いている。

 一方で、今日私たちが知っているような体操は、18~19世紀ヨーロッパにもう一つのルーツがある。古代ギリシャと同様、当時のヨーロッパでも、体力は市民意識や愛国の意識を育てるうえで欠かせないものと考えられていた。これらを合わせて実現したのが当時、人気のあった体操クラブだ。

 プロイセンの元軍人、フリードリッヒ・ルートヴィヒ・ヤーンは、従来の体操に、国家の誇りや教育的な概念を取り入れた。プロイセンがフランスに侵攻されたとき、敗北を国の屈辱と考えたヤーンは、国民を高揚させ、若者を団結させるために、体力作りに目を向けたのである。トゥルネン(ドイツ体操)と呼ばれる体操法を編み出したヤーンは、生徒たちのために平行棒、鉄棒、平均台、あん馬などの新しい器具を発明し、後に「体操の父」と呼ばれるようになった。

ナポレオンに敗れて意気消沈していたプロイセンの元軍人、フリードリッヒ・ルートヴィヒ・ヤーンは、国民の体力を強化させようとトゥルネンという体操法を考案した。 (LITHOGRAPH VIA AUSTRIAN NATIONAL LIBRARY/INTERFOTO/ALAMY)
ナポレオンに敗れて意気消沈していたプロイセンの元軍人、フリードリッヒ・ルートヴィヒ・ヤーンは、国民の体力を強化させようとトゥルネンという体操法を考案した。 (LITHOGRAPH VIA AUSTRIAN NATIONAL LIBRARY/INTERFOTO/ALAMY)

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