「ラテンアメリカは、今後数週間で再び危機的な状況に陥ると思います」と、コロンビア感染症学会の副会長を務める疫学者のアルフォンソ・ロドリゲス・モラレス氏は言う。各国はワクチン接種を進めているものの、一部の国ではまだ人口の5~10%程度しか接種が完了しておらず「非常に危機的」な状況なのだ。
ラムダ株はどこが違う?
ラムダ株の検出数が何カ月も少ないままだったのは、ペルー国立衛生研究所の調査能力が限られていたせいで、ガンマ株と間違えられることが多かったからだ。
「この地域ではゲノム調査を実施する能力が非常に限られているため、ラムダ株の割合を正確に推定することは困難です。また、どの変異株が優勢になるかを予測するのは容易ではありません。ですから、欧米だけでなくあらゆる地域でウイルスの塩基配列を調べる能力を高めることが重要なのです」とツカヤマ氏は言う。
ラムダ株と他の変異株では、ウイルスのスパイクたんぱく質の変わり方が大きく違っている。スパイクたんぱく質の一端(N末端ドメイン:NTD)にアミノ酸7つの長い欠失があるなど、14カ所に変異がある。また、スパイクたんぱく質の遺伝子のすぐ上流にあり、大きなたんぱく質をつくるORF1ab遺伝子にも、「懸念される変異株(VOC)」であるアルファ株(英国で初報告)、ベータ株(南アフリカで初報告)、ガンマ株と同様の変異がある。
ORF1abたんぱく質の一部はウイルスの複製やヒトの免疫反応の抑制を助ける。その重要性から、科学者たちはすでにORF1abたんぱく質を標的とする抗ウイルス療法の開発に取りかかっている。
スパイクたんぱく質のNTDで欠失している7つのアミノ酸は、体内の強力な抗体の多くが攻撃する「NTDスーパーサイト」に属している。アルファ株、ベータ株、ガンマ株を含む多くの変異株がこの領域に変異をもつことは、この領域がウイルスの進化にとって重要であることを示唆している。
「NTDは、ウイルスにとって不可欠な領域というわけではないため、ここが変異してもウイルスは生き続け、既存の抗体反応を回避できるのです」とシンガポール国立大学の感染症学者シーメイ・ロック氏は説明する。
体内で自然に作られる抗NTD抗体は、ウイルスが細胞表面に結合した後も中に侵入するのを阻止する可能性があるため、ワクチン開発者に注目されている。
スパイクたんぱく質の452番目のアミノ酸
ラムダ株の変異の中で特徴的なのは、スパイクたんぱく質の452番目のアミノ酸の変異だ。このアミノ酸は、デルタ株(インドで初確認)、デルタ株がさらに変異したデルタプラス株、イプシロン株(米国で初報告)、カッパ株(インドで初報告)など、他の広まりやすい変異株でも変化している。ラムダ株のL452Q変異(452番目のロイシンがグルタミンに置き換わったもの)は、これまで見られなかった変異だが、科学者たちは、452番目のアミノ酸の変異は新型コロナウイルスが細胞に感染する能力を高めると予測している。(参考記事:「デルタ株が急拡大、ワクチン接種率の低い地域ほど危険」)
新型コロナウイルスのスパイクたんぱく質は、ヒトの肺などの細胞にあるACE2受容体たんぱく質に結合して体内に侵入するが、452番目のアミノ酸は、両たんぱく質が直接相互作用する部位にある。「452番目のアミノ酸は、多くの中和抗体によって認識されます。この部位に変異があると、中和抗体が結合しにくくなり、もともとワクチンの効果が出にくい人では保護効果が下がる可能性があります」と、米ワシントン大学医科大学院の免疫学者マイケル・ダイアモンド氏は説明する。