日陰もない 格差社会の現実

ロサンゼルスの低所得地域は緑が少なく、住民は猛暑の影響を受けやすい

2021.06.29
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ロサンゼルスの工業地区バーノンの敷地に立つ1本の木。この辺りの地表面温度は、緑の多い地区と比べて8℃以上高くなることがある。住民は100人程度だが、約5万人がこの地区に通勤している。(PHOTOGRAPH BY ELLIOT ROSS)
この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2021年7月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。

陽光が降り注ぐロサンゼルスでは、低所得者の住宅地は樹木が少なく、厳しい暑さにさらされている。それは都市計画と人種差別的な政策の負の遺産だ。

 日陰のありがたさに初めて気づいた日のことを、ミゲル・バルガスははっきりと覚えている。

 中学生だった彼は、雑草の生えたサッカー場で往復ダッシュのトレーニングをしていた。サッカー場は、米国カリフォルニア州のハンティントン・パークという町にあった。ロサンゼルスの高層ビル群のすぐ南にあり、線路や高圧線の通る小さな町だ。炎天下で頑張り過ぎた彼は、熱中症になってしまった。

 視界がぼやけ、心臓がどきどきした。彼はもうろうとしながら、もつれる足でサッカー場の南西の角の近くにそびえ立つレジノーサマツの木に向かった。その辺りでは、こんなに立派な木は、ほかになかった。

 木陰に入ると、めまいも動悸(どうき)も収まった。濃く涼しい日陰のおかげで、元気を回復したのだ。

 後に植樹の仕事に就いたバルガスは、木陰というごく単純でありがたいものが、ロサンゼルスのほかの地区、主に白人富裕層の住宅街には、ふんだんにあることを知る。一方、黒人や、中南米系のラティーノが大多数を占める地区では、木陰はないに等しい。ハンティントン・パークの住民は97%がラティーノだ。

 ロサンゼルスの気候は穏やかで過ごしやすい。それでも命に関わる暑さに見舞われることがある。しかもほかの都市と違って、そうした猛暑の可能性は1年中ある。さらに気候変動がこの問題に拍車をかけている。もう「太陽のスイッチを切る」べきところまで来ている、とロサンゼルス市で都市計画を担当するクリストファー・ホーソーンは語る。日陰は街の気温を下げ、場合によっては人の命を救う。街の基本的な構造に日陰を組み込む方法を検討する必要があると、ホーソーンは話す。

 近代のロサンゼルスは、日陰ではなく、陽光あふれる街として発展してきた。19世紀末から20世紀初頭にかけて、南カリフォルニアの宣伝をする人々は、「いつも快晴」のイメージをアピールして、米国東部からの移住を呼びかけた。

 ロサンゼルスの都市計画は、日当たりを優先している。建築に関する条例で、庭や公園が日陰になり過ぎないように、建物を建てる際にどこに、どのくらい長く影を落としていいかを規定していることが多い。建築家は、建物の隅々まで日差しを取り込むよう配慮してきた。1970年代にエネルギー危機を経験すると、あらゆる場所で日光を確保するためのさらなる理由ができた。現在、太陽光発電の発電能力において、ロサンゼルスは全米の都市のなかで1位を誇る。

 だが気候変動の時代にあっては、日光は手放しで喜べる恩恵ではなくなった。炭素排出量を抑制する取り組みが世界規模で行われない限り、今世紀の中頃には、ロサンゼルスで最高気温が35℃を超える日は年に22日になると予測される。現在の3倍以上の日数だ。すでにロサンゼルスでは、直接の死因ではなくても、暑さが死亡リスクを高める現象が起きている。

 短期間でも熱波が来ると、死因を問わず死亡率は普段よりも8%上昇する。熱波が4~5日続けば、死亡率は普段より25%上がり、アフリカ系とラティーノの高齢者においては、最大で普段より48%も上がる。

 暑い日には、仮に気温が同じであっても、日陰にいるより直射日光を浴びている方がはるかに暑く感じる。太陽光は体そのものを温めるからだ。直射日光を浴びると、近くの日陰にいるより11℃も暑く感じることがある。

 同じことは建物や歩道についても言え、直射日光を浴びれば熱くなりやすい。とりわけよく熱を吸収するのがアスファルトで、コンクリートとともに、蓄えた熱を日没後も数時間にわたって放出し続ける。これが都市部のヒートアイランド現象の原因だ。一方、樹木が適切に配置されていれば、まったく日陰がない場合よりも、建物の温度は10℃も低く保たれる。日陰にはあらゆるものを涼しく保つ力があるのだ。ロサンゼルス市は、その効果に気づきつつある。

車社会のロサンゼルスは、エアコンの効いた車内にいることを前提に街がつくられているかのようだ。写真はバーモント通りと8番通りの交差点。こうした日陰の少ない通りでは、歩行者は直射日光で体が熱くなってしまう。(PHOTOGRAPH BY ELLIOT ROSS)

「赤い線」で分断された住宅地

 スペイン人の植民地開拓者が来た当時のロサンゼルス盆地は、先住民たちが丹精こめてつくり上げた風景が広がっていた。その豊かで多様な自然環境には、至るところに木陰があった。そして一帯を蛇行する川沿いや現在イーストロサンゼルスと呼ばれている高台では、オークなどの森林が広がり、日陰をつくりながら、栄養豊かなドングリの雨を降らせていた。

次ページ:都市部の緑は富のあるところに育つ

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