ケニアの自然保護と暮らし 持続可能な未来は?

観光客が激減したコロナ禍のケニア。野生動物と人間が共存できる方法はあるのか

2021.06.29
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アフリカ、ケニアのレワ野生動物保護区で、絶滅危惧種のグレビーシマウマを捕獲する。サンブル族のコミュニティーが所有する土地に設立されたセラ保護区で新しい群れをつくるためだ。欧米の政府やNPOが資金を提供する北部放牧地トラスト(NRT)が運営を支援している。(PHOTOGRAPH BY DAVID CHANCELLOR)
この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2021年7月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。

野生動物と人間が共存できる方法はあるのか。観光客が激減したコロナ禍のケニアで、新たな試みが進んでいる。

 診療所の外で、熱い風が砂ぼこりを巻き上げた。

 ここケニア北部にあるビリコの町は乾期の真っ盛りで、地面は乾ききっている。風はイバラの茂みに引っかかった布切れをあおり、地面のペットボトルを転がして、看護師をしているマディナ・カロのヒジャブの裾をはためかせた。

 白衣と医療用マスクを着けたカロは、まぶしさに目を細め、質素な木造の診療所の中へ戻っていった。ここで診察する患者は1日約30人。そのほとんどが呼吸器感染症、マラリア、下痢といった症状をもつ遊牧民の人々だ。重症者が出たときは、砂利道を車で5時間走った先にあるイシオロの町の病院に連れていく。

 ごみが舞うビリコは、観光業とも大自然とも縁がなさそうだが、実はケニアの環境保護組織「北部放牧地トラスト」(NRT)の傘下にある「コミュニティー・コンサーバンシー」と呼ばれる39の地区の一つだ。地域のコミュニティーの合意の下、彼らが共有する土地の一部を割り当てた自然保護区で、住民は環境と野生動物の保護に力を入れる見返りに、基本的な公共サービスや各種の給付金を受けている。その財源は、主にサファリ・ツアーによる観光収入だ。

 それは人間と野生動物が共存することを目指す壮大な実験だ。合わせて4万4000平方キロもの広さがあるNRT傘下の保護区では、数十万人の住民と数百万頭の家畜、それに相当数の野生動物が一緒に暮らしている。

ケニア北部サンブル郡の渓谷に太陽が昇り、霧が晴れていく。一帯の美しい自然は観光客を引きつけてやまないが、遊牧民と家畜、野生動物が暮らす場所でもある。土地と水と草をめぐり、しばしば争いが起きている。(PHOTOGRAPH BY DAVID CHANCELLOR)

 ケニアでは、野生動物の約3分の2が国立の公園や保護区の外に生息している。そのため、こうした住民参加型の保護区が、生態系保全の重要な役割を担っているのだ。

 新型コロナウイルスの影響で国境が封鎖され、ケニア北部から観光客の姿が消えた。2018年だけで約3兆2000億円という、アフリカが毎年得ていた野生動物関連の観光収入は激減した。特にケニアでは、観光の収入がGDPの少なくとも8%を占める。この数十年の自然保護の努力が水の泡となってしまうという懸念が人々の間で広がった。

 働き口の乏しい地域でも、観光業はレンジャーや調査員といった定職を提供し、住民たちに狩猟や森林伐採をしなくても食べていける選択肢を与えている。NRTは巨大になり、力をもち過ぎているという批判もある一方で、住民参加型の保護区は、コミュニティーが主導する持続可能な保護・開発を実現する模範として高く評価されている。だが、ケニア北部でこうした保護区のモデルとなる活動が注目を集めていたところに、新型コロナウイルスのパンデミックという最大の試練が降りかかった。

 そもそもコロナ禍の前から、アフリカの野生動物保護は深刻な状態だった。資金不足、お粗末な管理体制、密猟、生息域破壊、気候変動など、数えきれない要因で生物多様性の破壊が進み、タイマイやセンザンコウ、コシジロハゲワシ、ゾウといった絶滅危惧種の個体数が急激に減っている。

 遠く離れた安全な場所で暮らしている人ほど、野生動物は人間を頂点とした自然界の一部だと考えている。貴重な動物の存在を感じて、実際に暮らしている姿を見られるのは素晴らしいことだと賛美するのだ。だが本当に野生動物がすぐそばにいたらどうだろう。ヒョウに家畜のヤギを殺されたら? ゾウにわが子を踏み殺されたら? 薬代や学費にも事欠く人が、ライオンの毛皮や象牙が高く売れると知ったら? 家族が飢えているときに、キリンがすぐ手の届くところに現れたら? 野生動物に、一体何の価値を見いだせるだろう。

 NRTの役割は、こうした人々に生きた野生動物の価値を知らしめ、双方の未来を切り開くことだ。コミュニティーの人々が土地を共同で所有し、自治を行うことを理想としながら、それぞれの保護区は法的に独立し、地域の指導者で構成される理事会が運営している。

 保護区のなかには理想の実現に近づいているところもある。競合する要求の調整をするのは理事会の役目だ。コミュニティーといっても広範囲で、多様な人々が暮らしているし、遊牧民は、土地利用の話し合いに常に参加できるわけではない。疎外感と部族意識が重なると、対立に拍車をかけることになる。理事会が住民の意見をすくい上げて迅速に対応できるところは利益を確保できるが、反対に管理面の基本原則すら合意に至らない保護区もある。

 NRT自体は土地を所有していない。傘下にある保護区の統括組織として管理業務や資金集め、安全訓練の実施、長期計画の立案に当たっている。保護区における自治の基盤が固まれば、それぞれの理事会はもっと意思決定に対する責任を果たせるようになるはずだ。

次ページ:NRTの組織が連携をとるメリット

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