中国の山間部の森林の暗がりの中、木の間から体長5〜8センチほどのげっ歯類、ホソオトゲヤマネが姿を現した。木の枝や林床を駆け回って果実や種子、昆虫などを食べるこの動物は、驚くことに、ほとんど目が見えない。
彼らはどのようにして周囲の状況を把握しているのだろうか? 6月18日付で学術誌「サイエンス」に掲載された論文によると、彼らは「反響定位(エコーロケーション)」を利用していることが明らかになった。自ら高周波の鳴き声を発し、近くの物体から跳ね返ってくる反響音を聞くことで、周囲の状況を把握し、動き回っているのだ。
これまでの研究で、ベトナムに生息するホソオトゲヤマネ属の一種が反響定位をしている可能性があることが示唆されていた。しかし、さまざまな証拠をまとめて、ホソオトゲヤマネ属の4種すべてに反響定位能力があることを証明したのは、今回が初めてだ。
「ホソオトゲヤマネ属のすべての種に反響定位能力が備わっていることには驚かされました」と、中国科学院昆明動物学研究所のペン・シー氏は語る。
現在のところ、反響定位をする哺乳類としてよく研究されているのはコウモリと、クジラ・イルカ類だけである。トガリネズミやテンレック(トガリネズミに似たマダガスカル原産の哺乳類)が反響定位を使っているという証拠もあるが、その能力はコウモリやクジラ目ほどは優れていないと考えられている。シー氏によると、反響定位能力は哺乳類のそれぞれのグループで、別々に進化してきた可能性が高いという。
鳥類では、アブラヨタカやアナツバメなどが原始的な反響定位を行っている。(参考記事:「人にもできる!音で周囲を知覚する『反響定位』のしくみ」)
暗闇で障害物を回避
2016年、ロシアのセベルツォフ生態進化研究所の生物学者アレクサンドラ・パニュティナ氏は、ベトナムのホソオトゲヤマネが完全な暗闇にした実験室で障害物を回避できることを報告している。彼女はホソオトゲヤマネの鳴き声を録音し、その周波数と抑揚が、反響定位を行うコウモリの鳴き声に似ていることを明らかにした。鳴き声のピッチは非常に高く、何度も繰り返されていて、1秒間に数十回にもなることがあった。
しかし、鳴き声の録音は容易ではなかった。「私は反響定位信号を記録するのに必要な装置を持っていなかったのです。コウモリ用の装置は持っていたのですが、ホソオトゲヤマネに使用にするには感度が悪すぎました」
彼女は、モスクワ大学の生物学者イリヤ・ボロディン氏らとチームを組んで、ホソオトゲヤマネの発声のしくみや目の構造を調べた。その結果、ホソオトゲヤマネの目は非常に小さいだけでなく、光を感知する細胞の数が非常に少ないことがわかった。