米国の患者から分離された新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の透過型電子顕微鏡写真。研究室で培養された細胞の表面から、ウイルス粒子が出芽しているところ。ウイルス表面にある突起が王冠のような形に見えることから、ギリシャ語で王冠を意味する「コロナ」という名がつけられた。写真は、米モンタナ州ハミルトンにある国立アレルギー感染症研究所のロッキー・マウンテン研究室で撮影・着色された。(IMAGE BY NIAID)
米国の患者から分離された新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の透過型電子顕微鏡写真。研究室で培養された細胞の表面から、ウイルス粒子が出芽しているところ。ウイルス表面にある突起が王冠のような形に見えることから、ギリシャ語で王冠を意味する「コロナ」という名がつけられた。写真は、米モンタナ州ハミルトンにある国立アレルギー感染症研究所のロッキー・マウンテン研究室で撮影・着色された。(IMAGE BY NIAID)
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 世界保健機関(WHO)は5月31日、世界中で感染拡大を助長しているコロナウイルスの主な変異株について、地名ではなくギリシャ文字のアルファベットを名称として用いると発表した。今後、英国で初めて検出された変異株B.1.1.7は「アルファ」、南アフリカで最初に確認された変異株は「ベータ」と呼ばれることになる。

 これまで、コロナウイルスの変異株はB.1.1.7とかP.1など、いかにも複雑で、覚えにくそうな名称で呼ばれてきた。ウイルス学者や微生物学者が数ある変異株を区別し、整理するにはそれで十分かもしれない。だが、その変異株による新たな感染の波を一般人が理解しようとする際には、いささか不便な気がしないでもない。

 結局、ほとんどの人が「南アフリカ型」と呼ぶようになったのは無理もないと、伝染病学者で、南アフリカの新型コロナウイルス感染症諮問委員会元委員長のサリム・アブドゥール・カリム氏は言う。氏は、南アフリカで初めて検出された変異株501Y.V2の名称決定に関わった。ところが、同じ変異株が別のところでは、B.1.351とか20H/501Y.V2とも呼ばれていてややこしい。「誰がこんな名称を使い続けたいと思いますか。いかにも言いにくそうでしょう。ひどい名称です。自分の子に501Y.V2などと名をつける人はいないでしょう」

 しかしその一方で、氏をはじめ多くの科学者が、ウイルス名や病名に地名を用いることは、そこに住む人々の印象を悪くするだけでなく、そもそも事実を反映していないと指摘する。

 ここでは変異株の名称の発表を機に、ウイルスやその変異株の名称は通常どのように決定されるのかや、パンデミックの混乱のなかで編み出された名称決定のルール、ウイルスに地名を冠することで、これまでそこに住む人々にどんな影響が出てきたのかを考えてみたい。

地名を感染症の名称に含める悪影響

 ウイルスが最初に検出された場所の名がそのままウイルスの名称になったケースは、これまでも多くあった。ウガンダのジカの森で発見されたジカウイルスや、コンゴ民主共和国のエボラ川で見つかったエボラウイルスなどがその代表的な例だろう。しかしそのせいで、住んでいる人々がいわれのない汚名を着せられてきたのも事実だ。

「その地域に住む人々へ実質的な影響を及ぼすということを、私たちは過去の経験から学んでいます。その土地に関して知っていることと言えば、この質の悪いウイルスだけ、という人も多いです」と、スイス、ベルン大学の分子疫学者エマ・ホドクロフト氏は指摘する。「ですから、科学界ではできるだけ地名を採用することを避けようという流れになっています」

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