やんばると呼ばれる沖縄島北部に広がる照葉樹林を、雨上がりの朝霧がやさしく包む。スダジイなどが芽吹く春、森はみずみずしい。(写真=深澤 武)
この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2021年6月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。

琉球列島の森は多様で希少な生き物を育んでいる。世界自然遺産への登録を目指す亜熱帯の森を訪ねる。

自然の時間、人間の時間

文=池澤 夏樹

 あなたはたぶんこの記事を屋内で見ているだろう。そこは静かで、室温も快適、身体で感じる不快感は何もないはずだ。数分間あなたはこの写真に見入る。そして雑誌を置いて立ち上がる。

徳之島の西岸にある「犬の門蓋(いんのじょうふた)」周辺には、隆起サンゴ礁が浸食されてできた荒々しい地形が広がる。夕刻、台風による荒波が岩礁を洗った。(写真=深澤 武)
奄美大島を流れる住用(すみよう)川と役勝(やくがち)川が合流する河口付近に広がるマングローブ林。上空から見ると、川が大きく蛇行しているのがわかる。(写真=深澤 武)

 あなたの生活を律する時間と、この奄美、徳之島、やんばる、西表島などの人間のいない、人工物のないところを流れる時間ではその性質がまったく異なる。

 家の犬を見ていて、犬の時間も人間とは違うと気づいた。一日中、彼らは何をしているか? ただ待っているのだ、次の餌の時を、あるいは散歩に出る時を。宅配便や郵便配達の到来という小さなイベントを。

 自然とは退屈なものである。やんばるでスダジイの葉群れが風に揺れるのを朝から晩まで見ていてもただそれだけ。奄美のマングローブの川は終日なにごともなく流れて、いかなる変化も見せない。

 もちろん長い歳月の間には異変も起こる。台風が来て木々を倒し、溢水(いっすい)で川の流れを変え、強風で鳥の巣を落とすかもしれない。地震や津波だってあり得ないことでないのは地史に残る証拠が示している。稀にそういうことが起こる。だが、ひたすら待っていたところでその場面に遭遇することはまずないと思った方がいい。

次ページ:なぜ「世界自然遺産」にしなければならないのか?

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