①クリジナ洞窟で最も美しい「受難の地」と呼ばれる大空間。炭酸塩鉱物が堆積してできた「流れ石」が、まるで流れ落ちる滝のようだ。この湖で、2本の水路が合流する。(PHOTOGRAPH BY PETER GEDEI)

キャプションの冒頭にある番号は、2ページの地図上の番号を表している。
この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2021年6月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。

スロベニアのカルスト地形が生んだ二つの洞窟。壮大な洞窟の全貌をカメラがとらえた。その発見の歴史をたどる。

 スロベニア南部、首都リュブリャナから35キロほど離れた村と村をつなぐ道路の近くに、かつては単に「冷たい洞窟」と呼ばれていた洞窟への入り口がある。

 現在、この洞窟は近くにある聖十字架教会にちなんで、「十字架の洞窟」、クリジナ洞窟と呼ばれている。教会は標高857メートルのクリジナ山の頂にあり、一帯はリュブリャニツァ川の流域だ。カルスト地形を流れる水は、ドリーネと呼ばれるすり鉢状のくぼ地や、洞窟、通路など、広大で魅力的な地下空間を作っている。

 クリジナ洞窟には、数千年前から人間が頻繁に出入りしていた形跡がある。入り口付近からは青銅器時代の陶器の破片が見つかっていて、洞窟の壁には1557年に刻まれた名前が残っている。この洞窟に関する最古の文献は、1832年に現地を訪れた英国人ジョン・ジェームズ・トビンによって書かれた。1838年には、森林管理者のヨゼフ・ゼレルが、スケッチを添えたものとしては最初の記述を残している。

 クリジナ洞窟の探査に大きな転機が訪れたのは1878年のことだった。オーストリアのウィーンを拠点とする地質学者のフェルディナント・フォン・ホシュテタルが、約100頭分のホラアナグマの骨の化石を4600点も掘り当て、それらから復元された2体の全身骨格はウィーンの自然史博物館に展示されることとなった。翌年、ホシュテタルが行った二度目の発掘調査では、考古学者のヨゼフ・ソンバティによって、初めてクリジナ洞窟の詳細な地図が作られた。

 後に地底湖が発見されるまで、クリジナ洞窟はもっぱらクマの骨の化石が出土する場所として知られていた。約70万年前の中期更新世以降には、現在のヒグマよりもはるかに大きいホラアナグマがいて、ヨーロッパのほぼ全域に生息していたが、約2万年前の最終氷期最盛期以前に絶滅した可能性が高い。クマたちはスロベニアのクラス地方に広がる出入りしやすい乾いた洞窟を、安全なすみかや冬眠場所として、何世代にもわたって使っていた。クリジナ洞窟の「クマの通路」には、約5万年前にアジアからやって来た「ガムスルゼンのホラアナグマ」として知られる種がすんでいた。ただしこの通路は、やがて、床や壁の表面を流れる水から沈殿する鍾乳石である「流れ石」の巨大な壁によって塞がれてしまった。

④クリジナ洞窟はクマが冬眠などに使っていたため、4600点ものクマの骨の化石が発見されている。「クマの通路」で、洞窟探検家クレメン・スシャがライトで照らしているのは、絶滅したホラアナグマの顎だ。(PHOTOGRAPH BY PETER GEDEI)

 ホシュテタルの発掘後、クリジナ洞窟を訪れる観光客は増え、残念なことに盗掘も増加した。クリジナ洞窟から持ち去られた鍾乳石は、約30キロ離れたところにある人気の観光スポット「ポストイナ洞窟」の土産物店で売られるようになった。1908年には自然保護活動家が、登山家向けの雑誌でこう嘆いている。「“ポストイナ市場”で鍾乳石の販売が許されているのは極めて残念なことだ。まるで、鍾乳石が植物みたいに1年で元の大きさまで成長するとでもいうように! 人々はいつになったら、洞窟を荒らしてはいけないと気づくのだろう? いつになったら、この美しい洞窟を守るために、適切な対策がとられるのだろうか?」

 クリジナ洞窟がこれほど人気だったことを考えると、長い間、水が作り出す壮観な光景が人目に触れなかったのは、驚くべきことだ。この洞窟を初めてボートで探検したのは、リュブリャナ高校で科学を教えていたマクス・プレゼルとその教え子たちで、1926年のことだった。数日にわたる探検で、彼らは現在「湖の通路」と呼ばれている水路を通って、「受難の地」という、2本の細い地下河川の合流点まで到達した。1927年から34年にかけては、リュブリャナ洞窟協会のメンバーも水路を調査した。この洞窟は、当時のイタリアとの国境からわずか7キロという戦略上重要な場所に位置していたため、時によっては、この地域に駐屯していた兵士たちの力を借りることもあった。

②「デジュマノウ通路」の壁一面に残るのは、水によって刻まれた「スカラップ」と呼ばれるくぼみだ。洞窟探検家のヤネス・ヤカ・ツェラルの姿から、壁の大きさがわかる。今回、ベテラン洞窟写真家のピーター・ゲダイが世界で初めて、クリジナ洞窟の全貌を撮影した。(PHOTOGRAPH BY PETER GEDEI)
③「湖の通路」の終点は、ポノールと呼ばれる地下河川が流入する縦穴だ。この水路は季節によって干上がるが、大雨が降れば大量の水が流れ込む。水位が高いときは側壁に見える灰色の部分まで水に漬かる。(PHOTOGRAPH BY PETER GEDEI)

次ページ:水が育む豊かな地下世界

ここから先は、「ナショナル ジオグラフィック日本版」の定期購読者(月ぎめ/年間のみ、ご利用いただけます。

定期購読者(月ぎめ/年間)であれば、

  • 1 最新号に加えて2013年3月号以降のバックナンバーをいつでも読める
  • 2ナショジオ日本版サイトの
    限定記事を、すべて読める

おすすめ関連書籍

2021年6月号

琉球列島 生命きらめく森/カフカス山脈の羊飼い/美しきクリジナ洞窟/ユカタン半島 蜂蜜と大豆/脚光を浴びる港町

「琉球列島 生命きらめく森」では、希少な生態系を育む琉球列島の森を特集。世界自然遺産の登録を目指すきっかけとなった多様な生物相について、壮大な風景や動物たちの写真を交えて解説します。このほか、スロベニアの洞窟探検の歴史を振り返る「美しきクリジナ洞窟」、先住民と移住者の摩擦を伝える「ユカタン半島 蜂蜜と大豆」など、ナショジオならではの視点で世界を切り取った特集をお楽しみいただけます。

定価:1,210円(税込)