大自然と生きる、カフカスの羊飼い

昔ながらの移牧を続けるジョージアの羊飼いたち。その旅には数多の危険が伴う

2021.05.28
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
誌面で読む
10月、カフカス山脈に広がる夏の放牧地で、羊の群れが枯れかけた草をはむ。ここジョージアの山岳地帯トゥシェティに冬が来る前に、羊飼いは群れを連れて山を下りなくてはならない。(PHOTOGRAPH BY FERNANDO JAVIER URQUIJO)
この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2021年6月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。

ジョージア東部に暮らす羊飼いたちは、羊の群れを連れて季節ごとの放牧地を目指す。険しい山道を歩き、時に命を落とす危険にさらされながらも、先祖から受け継いできた伝統を守り続けている。

 午前6時頃、テントで寝ていた私は羊飼いのギオルギ・カルサマウリの不安げな声で目が覚めた。「早く、起きて。出発しないと!」

 ぬかるんだ道の真ん中に立てたテントの出入り口から、道をたたくすさまじい雨の音とともに、冷気が吹き込んできた。

 ギオルギは陽気な29歳の若者だが、このときは不安で顔をひきつらせていた。私のテントのファスナーを締めもせず、おんぼろの小型トラックに走っていく。テントを出ると、ものの数分でコートがずぶぬれになった。ギオルギの850頭ほどの羊の群れが見当たらない。遠くの方から羊飼いたちの口笛と叫び声が聞こえてきた。

 何が起きたか途方に暮れた。2019年5月のこの朝、私たち取材チームは羊飼いたちとジョージア北東部に位置する辺境の山岳地帯「トゥシェティ」にいた。彼らは毎年伝統に従って、シラキ平原にある冬の放牧地からカフカス山脈の高地にある夏の放牧地まで、羊たちを連れて250キロもの距離を移動する。今日はその行程の最後の日だった。だが、天候がすべてを変えた。尾根をあと一つ越えれば、というところで退却を余儀なくされたのだ。そして私たちは、辺りに散乱する、前夜に凍死した羊たちの死骸を残し、斜面を下りてより安全なルートをたどった。

羊の群れを引き連れて、大雨で冠水した道を進むイリア・バシラシュビリ。彼らは毎年、春の雪解けの時期に、群れを率いて平原から250キロほど歩いて、山にある夏の放牧地に向かう。時に地すべりなどの危険な目に遭うこともある。(PHOTOGRAPH BY NIKOLOZ MCHEDLIDZE)

 夏場にトゥシェティで放牧を行う牧羊家の例に漏れず、ギオルギたちも1年のうち7、8カ月はシラキ平原で過ごし、春が来ると山に向かって出発する。一行はまず、7日間かけて約150キロの道のりを歩き、カフカス山脈の南麓にあるアルバニ村を目指す。この村を流れる川の岸には、3代にわたって牧羊業を営んできた一家の羊の大群が収まる、大きな囲いがある。ギオルギたちはこの村で数週間の休みをとって家族と過ごした後、100キロの山道を3日で踏破し、彼らの村ベストムタに到着する。

 ベストムタの周辺には手つかずの草原が広がっている。5月から9月まで、この夏の放牧地でタンパク質を多く含む草を食べることで、この地域の羊たちは独特の芳香がある乳を出すのだ。

 記録によれば、16世紀に長きにわたる紛争が終結し、当時、ジョージア東部を治めていたレバン王がそれを祝って、山岳地帯の人々がアルバニを越冬地として使用することを認めたという。17世紀にはそこにシラキ平原も加えられた。以後、彼らは毎年春を待ってトゥシェティに戻るようになり、その暮らしは今も続いている。

時代を超える伝統
トゥシェティの草原で放牧するため、羊飼いたちは春になると羊の群れを率いてシラキ平原から山岳地帯のベストムタ村まで、250キロの距離を移動する。途中、アルバニ村に滞在する期間を除いて、10日間の行程だ。(地図: NGM GEORGIA/GIORGI PARTSKHALADZE, RUSUDAN KIPIANI, 出典: GEOGRAPHIC; GIORGI GOGUA)

次ページ:伝統的な手法でつくるチーズ「トゥシェティ産グダ」

ここから先は、「ナショナル ジオグラフィック日本版」の
定期購読者(月ぎめ/年間のみ、ご利用いただけます。

定期購読者(月ぎめ/年間)であれば、

  • 1 最新号に加えて2013年3月号以降のバックナンバーをいつでも読める
  • 2ナショジオ日本版サイトの
    限定記事を、すべて読める

おすすめ関連書籍

2021年6月号

琉球列島 生命きらめく森/カフカス山脈の羊飼い/美しきクリジナ洞窟/ユカタン半島 蜂蜜と大豆/脚光を浴びる港町

「琉球列島 生命きらめく森」では、希少な生態系を育む琉球列島の森を特集。世界自然遺産の登録を目指すきっかけとなった多様な生物相について、壮大な風景や動物たちの写真を交えて解説します。このほか、スロベニアの洞窟探検の歴史を振り返る「美しきクリジナ洞窟」、先住民と移住者の摩擦を伝える「ユカタン半島 蜂蜜と大豆」など、ナショジオならではの視点で世界を切り取った特集をお楽しみいただけます。

定価:1,210円(税込)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
誌面で読む