「クジラ語」は解読できるか? 大型研究プロジェクトが始動

「野生動物の研究に革命を起こす可能性がある」と専門家

2021.05.02
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

「とてもおもしろいですね。まるでモールス信号みたいです」。ゴールドワッサー氏はそう言ったという。ゴールドワッサー氏は当時、研究所のフェロー向けに機械学習の講義を行っていた。機械学習とは、アルゴリズムを用いてデータのパターンを発見・予測する人工知能の一分野だ。コンピューター科学者であり、暗号解読技術の世界的な第一人者でもあるゴールドワッサー氏はグルーバー氏に、このクリック音をぜひとも自分のグループと共有してほしいと依頼した。

 グルーバー氏は、クジラのことを理解している人と話をしなければならないと感じた。そこで、クジラの家族の動態を追跡する「ドミニカ・マッコウクジラ・プロジェクト」の創設者であるゲロー氏を探し出し、メールを送った。ゲロー氏は、グルーバー氏の話を聞こうと言ってくれた。

 言語学者らは、人間以外の動物は言語と呼べるシステムを持っていないと主張する。それでも、クジラは例外だと証明することはできるだろうか。人間の言語は、社会的な関係を仲介するために進化してきた面をもつが、マッコウクジラが複雑な社会生活を有していることは、すでにゲロー氏によって示されている。

 マッコウクジラは動物界最大の脳を持ち、その大きさは人間の脳の6倍にもなる。彼らはメスが支配する社会の中で暮らしていて、特に海面付近に浮上してきたときには、2頭がデュエットのようにコーダを交わし合う。

 彼らは数百頭から数千頭の群れに分かれ、それぞれに異なるクリックのコーダを使って自分たちの所属を識別している。マッコウクジラはまた、特定のクリックパターンによってお互いを識別していて、それらをいわば名前のように使っていると思われる。そして、人間が言葉を覚えるのと同じように、彼らは自分たちのコーダを幼少期からしゃべり始めて、家族が持つレパートリーを覚えていく。

海洋生物学者のシェーン・ゲロー氏は、ドミニカ周辺で何百頭ものマッコウクジラに出会ってきた。写真のクジラたちは、彼がファミリー・ユニットFと名付けたグループに所属する。ゲロー氏とプロジェクトCETIのチームは、クジラのクリック音と行動とを合致させることで、彼らの鳴き声の意味を解明したいと考えている。(PHOTOGRAPH BY BRIAN SKERRY)
[画像のクリックで拡大表示]

 何年もかけて、ゲロー氏はドミニカ沖に生息する2つの大規模な群れにいる何百頭もの個体を特定してきた。彼は尾についている独特の模様を頼りに、多くの個体をひと目で見分けることができる。またクジラの糞と皮膚のDNAを分析することによって、祖母、おば、兄弟姉妹といった関係も特定している。

 さらに、氏は詳細な記録を残してきた。その中には、だれが話しているのか、どの群れに属しているのか、だれと一緒にいるのか、そのとき何をしていたのかについて徹底的に注釈をつけた、何千件ものクリック音の録音も含まれる。

 これはテストをするには十分な量だった。ゲロー氏の音声記録の一部にAI技術を適用することで、グルーバー氏の機械学習チームは、音声からマッコウクジラの個体を識別するようコンピューターを訓練した。コンピューターは94%以上の確率で正解を導き出した。

 これに気を良くしたグルーバー氏は、この有望な結果をさらに発展させるためのワーキンググループを立ち上げた。そこには著名なクジラ生物学者ロジャー・ペイン氏、ハーバード大学のロボット研究者ロバート・ウッド氏、マサチューセッツ工科大学コンピュータ科学・AI研究所所長のダニエラ・ラス氏らが加わった。

次ページ:機械学習のブレークスルー

おすすめ関連書籍

2021年5月号

私たちが知らないクジラの世界/地球は海の惑星/サンゴ礁に美しい未来を/地中海に潜り続けた28日/深海の謎に挑む探求者

5月号は「海の世界」を総力特集。独自の方言や習性をもつ集団がいることが最新の研究で分かってきたクジラ。「私たちが知らないクジラの世界」で詳しくレポートします。ほか、地図やグラフィックで世界の海が一目でわかる「地球は海の惑星」、タイタニック号を見つけたロバート・バラードの半生を描く「深海の謎に挑む探求者」など、特別編集号でお届けします。

定価:1,210円(税込)

おすすめ関連書籍

動物の言葉

驚異のコミュニケーション・パワー

動物のコミュニケーション能力に関する最新の研究結果を、豊富な写真やイラストを使って分かりやすく解説。 〔全国学校図書館協議会選定図書〕

定価:1,540円(税込)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加