サンゴ礁に美しい未来を

次々に廃虚と化す世界のサンゴ礁。再生への新たな試みが続いている

2021.04.28
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オーストラリアのグレート・バリア・リーフの一部を成すオパール礁。2016年と17年に海水温が急上昇し、大打撃を受けた。デビッド・デュビレは気候変動の影響を記録するため、ジェニファー・ヘイズとともに、かつて撮影したなかでも特に美しかったサンゴ礁を再訪した。(PHOTOGRAPH BY DAVID DOUBILET AND JENNIFER HAYES)
この記事は、雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2021年5月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。

地球温暖化による海水温の上昇で、世界屈指のサンゴ礁が次々に廃虚と化している。もろく傷つきやすい海域を守り、より強い種を育てる研究が、急ピッチで進行中だ。

 レギュレーターをくわえたダイバーたちは、手足を振って喜びを爆発させた。

 2020年8月、米国フロリダ州フロリダ・キーズにある水深4メートルのサンゴ礁で、海洋生物学者のハナ・コッチと米モート海洋研究所・水族館の同僚たちは、海中でホバリングしながらこの瞬間を待っていた。午前0時直前、長く連なるサンゴ礁全体から、精子と卵が詰まったオレンジ色のカプセル「バンドル」が一斉に立ち昇った。あふれ出る生命の力を描いた点描画のような美しい光景だった。

 多くの造礁サンゴはこうした産卵を経て繁殖する。通常は毎年夏に一度、満月から数日後の夜に、月の周期や海水温、日照時間などの条件がそろうと、フロリダのサンゴ礁全体で何兆個もの精子と何百万個もの卵が放出される。この一大イベントによってサンゴの種の多様性が高まり、受精に成功したごく一部の卵が幼生となって着生し、次の世代へと育っていく。

グレート・バリア・リーフの一部を成すムーア礁が、サンゴの卵と精子に覆われる。年に一度、一斉に産卵することで、サンゴは有性生殖を行い、遺伝的な多様性を維持することができる。「生き延びたサンゴたちが放つ卵の中を泳ぐと、喜びと安堵感に包まれます」とデュビレは言う。(PHOTOGRAPH BY DAVID DOUBILET AND JENNIFER HAYES)

 だが今回はただの産卵ではなかった。この巨大なサンゴは米国の絶滅危惧種保護法で絶滅危惧種に指定されているイシサンゴで、サンゴ礁再生の取り組みの一環として、モート海洋研究所で育てられ、2015年に“移植”されたものだからだ。同年に起きた白化現象や17年に襲来したカテゴリー4のハリケーン、その2年後の感染症のまん延も乗り越え、粘り強い回復力を見せた。そして自然環境にある個体よりも数年早く成熟して繁殖可能となり、再生された塊状のサンゴとして初めて産卵に至ったものだ。

大規模な白化

 オーストラリアのサザンクロス大学で海洋生態学を研究するピーター・ハリソン教授は、40年近く前、記録に残るものとしては世界初の大規模な白化現象を目撃した。同国の北東沿岸部に広がるグレート・バリア・リーフのマグネチック島沖に潜った彼は、目の前の光景に驚愕した。「健康なサンゴと白化したサンゴがパッチワーク状になっていました」。ほんの数カ月前まで、そこは活気あふれる熱帯の世界だった。

 サンゴは、組織内に光合成を行う藻類をすまわせて必要な栄養をもらっている。カラフルな色も藻類の色だ。だが、水温が上がってストレスにさらされると、藻類が毒性をもつことがある。そうなると藻類は死滅するか、サンゴに追い出され、サンゴの透明な組織と炭酸カルシウムでできた白い骨格があらわになる。それが「白化」だ。藻類と再び共生関係を築けなければ、サンゴは餓死したり、病気になったりする。

グレート・バリア・リーフ

2009年には枝状や板状のサンゴが元気よく生きていたオパール礁も、デュビレたちが9年後に再訪したときには活気が失われていた。ストレスを感じたサンゴは色と栄養を与えてくれる共生藻を体内から追い出すため、白化し、最後には死滅する。ここにすんでいたほかの生き物たちも、より良い環境を求めて移動してしまった。「破壊された光景と同じぐらいショックだったのは、その静けさでした」と、ヘイズは振り返る。1990年代半ば以降、グレート・バリア・リーフは半分以上のサンゴを失った。その未来は人間の手にかかっている。(*2020年11月までのデータ。NGM ART. 出典: NOAA)

 ハリソンが1982年に目にした荒れ果てた光景は、同じ年とその翌年に太平洋の多くのサンゴ礁でも見られた。97年と98年には白化が世界的な現象となり、サンゴ全体の約16%が死滅した。その後も海水温の上昇、汚染、病気、海水の酸性化、外来種などが要因となり、サンゴ礁の“ゴーストタウン”化は進んでいる。

 40年ほど前までは、こうした深刻な白化現象が起きる頻度は約25年に1回で、サンゴには回復できる時間が十分にあったと推測される。だがそのサイクルはしだいに短くなり、現在では約6年に1回になっている。近い将来、海域によっては毎年起きるようになるかもしれない。

「最も大事なことは温暖化に対処することです」と、オーストラリアのジェームズ・クック大学で海洋生物学を研究するテリー・ヒューズ教授は話す。「どれだけ海をきれいにしたところで、サンゴ礁はもたないでしょう」。数年連続で平均気温の記録が更新されていた2016年には、グレート・バリア・リーフを構成するサンゴ礁の91%が白化した。

次ページ:改良が重ねられてきたサンゴの移植法

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