毎年12月になると、極北から南下してきたタテゴトアザラシたちがカナダのセントローレンス湾にやってくる。2月下旬から3月上旬にかけて、マドレーヌ諸島周辺の海氷の上で出産するためだ。このタテゴトアザラシの「保育園」には、白くふわふわの赤ちゃんアザラシを見ようと、毎年何百人もの人々が訪れる。
しかし2021年、数百頭の子アザラシが現れたのは、マドレーヌ諸島の海氷ではなく、北東に約550キロも離れたブラン・サブロン近くの海岸だった。

セントローレンス湾の海氷は現在、観測を始めた1969年以降で最も少ない。海氷が不安定なために海岸に追いやられた子アザラシには、割れた氷塊に押しつぶされたり、捕食者に食べられたりと、様々な脅威が降りかかる。2021年、タテゴトアザラシの子どもの死亡率は非常に高くなると予想されている。
「今年は氷が全くありません」と、40年にわたりカナダ北部で撮影している写真家マリオ・シル氏は語る。「アザラシたちには選択肢がないのです」。解けた氷の中でもがいたり、雪の上で母親を呼んだりする子アザラシの姿を、シル氏はナショナル ジオグラフィックのために何日間もかけて撮影した。
厚い氷がない
大きくなると体長180センチ、体重180キロにもなるタテゴトアザラシは、通常、陸にはほとんど上がらず、北大西洋や北極海の冷たい海を巡って甲殻類や魚を食べながら過ごす。彼らは自分が生まれた場所を記憶しており、毎年冬になると繁殖のために一斉にその場所に戻ってくる。
タテゴトアザラシが出産するのは海氷の上だけだが、セントローレンス湾の氷の量は年々予測が難しくなっている。「セントローレンス湾にはほとんど何も残っていません」と、カナダ水産海洋省の海氷専門家ピーター・ガルブレイス氏は話す。
例年、湾全体で約15立方マイル(約63立方キロ)の氷が張ると同氏は言う。だが今年は、2月のピーク時にも3立方マイル(約13立方キロ)未満しかなく、すでに1立方マイル(約4立方キロ)未満にまで減少している。


「タテゴトアザラシにとっては、氷の質も重要です。嵐に耐える厚い海氷が必要なのです」とガルブレイス氏は語る。セントローレンス湾では10年来の温暖化傾向がこの冬も続き、水温は高く、湾に出現したわずかな流氷も簡単に割れてしまう。
「波が流氷に入り込み、氷を砕いてしまいます」とガルブレイス氏は言う。「氷が小さく薄く、周囲に水面がたくさんある場合、子アザラシたちは大したことのない嵐でも氷の割れ目や水面に吹き飛ばされてしまう可能性があります」
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