寿命を縮める大気汚染

世界中で毎年700万人が早死にしている。だが、解決策はある

2021.03.26
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ウランバートルのダリ・エヒ地区は、教育と仕事を求めて地方から移住してきた遊牧民がひしめき合う。簡素な住宅やゲルという円形テントは電気がないか十分でなく、石炭がなければ厳しい冬を乗り切れない。首都の子どもは地方より肺機能が4割低いという調査結果もあり、長年続く健康問題への対策が急がれる。(PHOTOGRAPH BY MATTHIEU PALEY)
ウランバートルのダリ・エヒ地区は、教育と仕事を求めて地方から移住してきた遊牧民がひしめき合う。簡素な住宅やゲルという円形テントは電気がないか十分でなく、石炭がなければ厳しい冬を乗り切れない。首都の子どもは地方より肺機能が4割低いという調査結果もあり、長年続く健康問題への対策が急がれる。(PHOTOGRAPH BY MATTHIEU PALEY)
この記事は、 雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2021年4月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。

世界中で毎年700万人を早すぎる死に追いやる大気汚染。軽微でも健康に害を及ぼす深刻な問題だが、解決策はある。

 大気汚染が新型コロナウイルスによる死者数を押し上げるのではないか?

 新型コロナウイルス感染症が世界で猛威を振るい始めたとき、米ハーバード大学の生物統計学教授、フランチェスカ・ドミニチはそう考えた。大気汚染が深刻な場所に多い慢性疾患の患者は、新型コロナウイルス感染症が重症化しやすいのだ。さらに、大気汚染で抵抗力も落ちて気道に炎症が起きやすく、呼吸器症状をもたらすウイルスを撃退しにくくなる。

 多くの専門家がこの二つの関連を指摘していたが、それを検証する人物としてドミニチは適任だった。彼女を中心とする研究グループは、何千万人もの米国人の健康情報と、大気状態の日々の推移を2000年までさかのぼって比較できる膨大なデータプラットフォームを構築してきた。米国マサチューセッツ州ケンブリッジの自宅にいるドミニチに、英国ロンドンからビデオ通話で取材したのは、2020年夏のことだ。

 ドミニチは、米国の高齢者およそ6000万人の匿名化された詳細情報を毎年入手している。ドミニチとハーバード大学の疫学者ジョエル・シュウォーツが率いる数十人の科学者が米国を1平方キロメートルのマス目に分割し、機械学習プログラムを駆使して、汚染物質の日々の濃度を17年間にわたって算出している。

 ドミニチの研究チームはこれら2種類のデータを武器に、全米で大気汚染の影響を探っているが、これまでの分析結果はかなり厳しいものだ。2017年の研究では、国の環境基準を満たしている場所でさえ、大気汚染と死亡率の高さの関連が明らかになった。これは「環境基準が安全でないということです」とドミニチは説明してくれた。

 2年後、研究チームは新たな報告を行った。それによれば、汚染物質の濃度が上昇すると多くの病気で入院患者も増加していた。さらにPM2.5(直径2.5マイクロメートル以下の粒子状物質)の危険性を示す証拠も数多く示された。煤煙など、人間の毛髪の太さよりはるかに小さいこうした微小粒子は血流に混ざって体内を移動し、さらに細かい「超微小粒子」も含めて心臓や脳、胎盤で見つかっている。

 新型コロナウイルスが広がり始めると、ドミニチたちはすぐに行動を起こした。米ジョンズ・ホプキンズ大学が発表する郡単位での死者数と、大気汚染のデータを突き合わせることにしたのだ。その結果、PM2.5の濃度が高い場所ほど、新型コロナウイルスによる死亡率も高いことが判明した。研究チームは2020年12月、新型コロナウイルス感染症による世界全体の死者の15%は粒子状物質による汚染が関係していると発表した。特に汚染が深刻な東アジアでは、その割合は27%にもなる。

 この報告に科学界の外では多くの人が驚きの声を上げ、メディアで大きく取り上げられた。しかし、「私には驚きではありません。当然の結果です」とドミニチは言った。一般にはあまり知られていないが、大気汚染は新型コロナウイルスより確実に多くの生命を奪う。彼女はそのことを知っていたのだ。

 世界保健機関(WHO)によると、大気汚染は世界で年間約700万人を早すぎる死に追いやっているという(WHOの値より推定死者数が多い調査もある)。屋外の大気汚染が原因であることが多いが、屋内の調理用こんろの煙も無視できない原因だ。死者の大半は発展途上国の住民で、中国とインドだけで約半数を占めるものの、先進国でも大気汚染は重大な死因となっている。世界銀行の試算では、大気汚染がもたらす経済損失は年間5兆ドル(約530兆円)を超えるという。

 米国では50年近く前に大気浄化法が制定されているにもかかわらず、米国人の45%以上は健康に悪い空気を吸っており、年間6万人以上の早期死亡の原因になっていると米国肺協会は警告する。この数字に新型コロナウイルス関連の死者は入っていない。大気汚染は、死亡証明書に記載されない隠れた死因だ。2020年にウイルスの大流行と森林火災が同時に起きたことで、その深刻さが認識されるきっかけになればと、ドミニチは話す。

次ページ:汚染された空気が人体に及ぼす影響

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