偶然にも、アンダーソン氏はこの実験をセイリッシュ海で行っていた。実験の6カ月後には、すぐ近くで第3の人間の足が見つかっている。アンダーソン氏のチームがブタの死体を海へ沈めると、それはすぐに約94メートル下の海底へ到達した。

 その後ブタに起こったことは、とても美しいと呼べる光景ではなかった。突如出現したごちそうに、大量のエビ、ロブスター、カニが、暴徒のように群がってきたのだ。「お尻の穴や、目、鼻、口など、体のありとあらゆる開口部から入り込んで食べ尽くしてしまいました」。まるで、シーフードレストランに並ぶ食材たちが逆襲してきたかのようだった。

ギャラリー:襲撃するサメ集団、産卵するハタ、驚異の光景に密着3000時間 写真7点
ギャラリー:襲撃するサメ集団、産卵するハタ、驚異の光景に密着3000時間 写真7点
水中写真家のロラン・バレスタ氏が、南太平洋にあるフランス領ポリネシアのファカラバ環礁で、産卵に集まってくるハタの巨大な群れと、それをねらって集団で襲撃してくるサメの驚異の光景を撮影した。(写真=Laurent Ballesta)

 アンダーソン氏は、さらに水深が深いところでもブタを沈めて実験を続けた。すると、なかには4日もたたないうちに骨だけにされてしまった死体もあった。

 問題の足の部分だが、海の掃除屋である甲殻類などは、骨やその他の堅い部分は避けて、周りにある柔らかい組織だけを食べることがわかった。そして、股関節の堅い関節と違って、足首は靭帯など主に柔らかい結合組織でできている。つまり、靴を履いたままセイリッシュ海に沈んだ死体は、海の生物に食べられて足首の関節が外れ、体から離れてしまったと考えられる。

 実際に、セイリッシュ海で見つかった足はすべて、海洋生物に食べられたり分解されるなどした自然現象によって体から外れたように見えると、ヤゼジアン氏は言う。誰かに足を切られたわけではないので「『切断された』という言い方はしないでください」と同氏は指摘する。検視の結果、どの骨にも切断された跡は見られなかった。

 さらに、ここ10年ほどの間に製造されたスニーカーは、ほぼ必ずと言っていいほど水に浮く。靴底にガスを充てんしたエアソールが一般化し(実際、セイリッシュ海のスニーカーにもこのタイプが見られた)、靴底自体に使われるスポンジ材も軽量化が進んだ。

海の流れをシミュレーション

 スニーカーが水に浮くことがわかったところで、ではなぜ、セイリッシュ海ばかりに漂着するのだろうか。水死体の足が体を離れて漂流しやすいのなら、世界中どこの海岸でも人の足が見つかってもいいのではないだろうか。

 セイリッシュ海の浮遊物がどこへどう流れつくのかについて、誰よりも詳しそうな人物に話を聞いた。米ワシントン大学シアトル校の海洋学教授パーカー・マクリーディ氏は、セイリッシュ海がある米大陸北西部太平洋沿岸の3Dシミュレーションを作成し、自身のウェブサイトに公開している。「潮汐、風、川、海の状況は、かなりリアルに再現されています」

 マクリーディ氏はこのモデルを使って、米ワシントン州シアトル沖で原油流出事故が起こったと想定し、3日間で原油がどのように移動するかを予測した。すると、シミュレーションの海上に現れた原油の塊は、すぐに北へ向かって移動をはじめ、ピュージェット湾へ流れ込んだ。やがて、大きな塊は枝分かれしていくつもの細い筋や塊となり、波や潮の流れに押されてあらゆる方向へ拡散していった。

 このシミュレーションは、なぜセイリッシュ海に人の足が流れ着くのかという疑問に重要な手がかりを与えてくれた。セイリッシュ海には、人の足を引き寄せる条件がそろっていたのだ。

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