新型コロナ、人々は喪失や悲嘆とどう向き合っているのか

パンデミック宣言から1年、「喪失パンデミック」というもう一つの問題

2021.03.18
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パンデミック中に大切な誰かを亡くした人々は、その死を取り巻く特殊な状況のため、心のなかに長い間癒えることのない傷を抱える。パンデミックの宣言から1年が経過した今、米国では数百万人が、癒やしや支援グループを必要としている。(PHOTOGRAPH BY NICOLA MUIRHEAD)
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 2020年のクリスマス前、フロー・ベタンコートさんは、かかりつけの神経科医を訪れていた。彼女は、その年の春に弟のフアン・バスクエズさんを新型コロナウイルス感染症で亡くしていたが、入院中に弟からは電話もテキストメッセージもなく、最後に別れの言葉を交わせなかったことが、悔やまれて仕方なかった。医師を前にしたベタンコートさんは、どうしてもその話をせずにはいられなかった。弟の死以来、ことあるごとに周囲の人をつかまえては同じ質問を繰り返した。弟はなぜ、病院から電話をくれなかったのか。なぜ、留守電にも返事をしてくれなかったのか。

 以前から糖尿病を患っていたバスクエズさんは、合併症のため両足を切断し、体の自由を失っていた。ニューヨーク州ブルックリンにあるアパートの1階に住み、窓から外の犬におやつをやったり、隣人のために宅配便の荷物を受け取る毎日だった。そのバスクエズさんがどこからウイルスをもらったのかはわからなかったが、救急車で搬送される直前に、ベタンコートさんは電話で話をすることができた。「愛してるわ」と伝え、携帯電話の充電器を病院へ持っていくようにと伝えた。その後、バスクエズさんは二度とベタンコートさんからの電話に出ることはなく、9日後に死亡した。

 神経科医のオフィスで泣きながら胸の痛みを訴えるベタンコートさんに、医師は「ひとつ、説明しておきたいことがあります」と語りかけた。「新型コロナウイルス感染症の患者は、低酸素状態に陥ります。脳に酸素が回らなくなり、もうろうとしてくるんです」。事実、バスクエズさんの死因は低酸素症だった。それを聞いたベタンコートさんは、はっとした。バスクエズさんが電話をしなかったのは、そこまで考えられなかったためなのだ。

 急に体全体が軽くなったように感じたベタンコートさんは、すぐに親しい同僚に電話をかけた。次に母親に、次に夫に、そしてカウンセラーにも話をした。「それまで心の中に抱えていた悲しみの99%を手放すことができました。なぜ弟は電話をくれなかったのか。その事実に私はずっと苦しんできたのです。どうしてもそれが頭から離れずにいました。でも、いったん理解したら、ようやく前へ進めるようになりました」

もうひとつのパンデミック

 世界保健機関(WHO)が新型コロナウイルス感染症の世界的大流行(パンデミック)を宣言してから1年が経過し、米国で家族や友人を失った人の数は数百万人に達した。感染の第2波が襲うなか、人々は心の傷を癒やす方法を求めてさまよい、国は前へ進もうと必死でもがいている。

 米コロンビア大学の複雑性悲嘆センターの創立者兼センター長のM・キャサリン・シアー医師は、「もうひとつのパンデミックということが、言われ始めています。これを、『喪失パンデミック』または『悲嘆パンデミック』などと呼んでいます」と語る。2020年7月28日付けで学術誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に発表された論文によると、新型コロナによる死者1人につき、その死を悼む家族が平均して9人存在するという。2021年3月の時点で死者が50万人を超えた米国では、450万人以上が家族を失った悲しみを経験している計算になる。これに友人、同僚、隣人まで含めると、その数はさらに増える。

 機能が低下するほど重度の悲嘆状態が長く続くことを「遷延性悲嘆障害(Prolonged grief disorder)」と言う。これは比較的新しい言葉で、間もなく米国精神医学会の『精神疾患の診断・統計マニュアル』に正式に加えられる予定だ。

 複雑性悲嘆センターの仕事が今ほど忙しかったことは、かつてなかった。ある種の悲嘆には、抗うつ剤や従来の心理療法が効かないと確信したシアー氏は、8年前に同センターを創立した。シアー氏が開発した治療法は、受容から始まって、平穏な状態で死者の思い出と結ばれるまで、癒やしの過程を7段階に分け、患者を1段階ずつ導いていく。

 シアー氏とスタッフたちは、2020年にニューヨーク市のメンタルヘルス部門を通して臨床医向けにウェビナーを開始し、さらにノルウェー、英国、中国の専門医に対してもこれを実施した。今年はワークショップの数を倍に増やし、オンラインセラピーの開発も検討している。

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