トロイア戦争を描いた古代ギリシャの叙事詩『イーリアス』。数々の戦闘シーンが登場するが、クライマックスはギリシャのアキレウス、トロイアのヘクトールによる壮絶な一騎打ちだ。
この二人は性格こそまるで違うものの、共通点もいくつかある。まずはどちらも王族の生まれだ。アキレウスは女神テティスとテッサリアの王ペレウスの息子であり、ヘクトールはトロイアの王と王妃の間に生まれた。そしてどちらも若く優れた戦士であり、それぞれに異なる意味において高潔だった。
最後の決闘はまた、双方にとって個人的な戦いともなった。アキレウスはトロイア側に壊滅的な打撃を与え、ヘクトールの兄弟や義理の兄弟の命を奪った。一方のヘクトールは、アキレウスのいちばんの友であるパトロクロスを殺している。
そして意外な共通点は、決闘時、二人はともにアキレウスの傑出した防具一式を身につけていたことだ。ヘクトールがどんななりゆきからこの防具を身につけたのか、その結果どうなったのかは、『イーリアス』全編の中でもとりわけドラマチックな物語となっている。
アキレウスの防具と親友の死
トロイア戦争の原因は、ギリシャの都市スパルタの美しい女王ヘレネーと、現在のトルコにあったとされる王国トロイアの王子で、ヘクトールの弟であるパリスが駆け落ちしたことだ。叙事詩『イーリアス』は、二人の結婚からすでに10年がたった時点から始まる。『イーリアス』で焦点があてられるのは、戦争そのものだ。
『イーリアス』は、紀元前750〜700年頃にホメロスが最終的な形に整えたものと考えられているが、そこに至るまで、500年以上にわたり何世代もの詩人たちが口伝してきた。つまりこの詩にうたわれている壮大な伝説は、青銅器時代にルーツを持つことになる。
青銅器は、当時の社会にとって大きな技術的進歩であり、農機具、家庭用品、宝飾品、宗教関係の品々、そして戦争のための武器に革命をもたらした。青銅の穂先をつけた槍、青銅の矢じりをつけた矢、青銅製の剣といった武器が価値を高めるとともに、青銅製の防具(兜や鎧)は、敵から身を守る最良の手段となった。
戦争を主題とした『イーリアス』に、兵器や武器についての詳細な記述が多いのは当然だろう。ここで描写されているさまざまな武器の中でも、特筆すべきはアキレウスの防具だ。
アキレウスはこの叙事詩のなかでふた揃いの防具を手にしており、それぞれこの戦争の二つの局面で登場する。
戦場で活躍していたアキレウスは、ある時、ブリセイスという名の女性を奪った司令官アガメムノンに激怒して、戦場に出ることをやめてしまった。
アキレウスは、並外れた装備に恵まれていた。神ポセイドンから贈られた軍馬、ケンタウロスのケイローンから贈られたトネリコの槍、そして「神々がペレウスに与えた防具」(『イーリアス』第18巻84行目)を持っていた。(参考記事:「怪物ミノタウロスが古代の人々を魅了したのはなぜ?」)