1本の線と国境紛争

インドとパキスタンの国境紛争、地図上に引かれた1本の線がきっかけだったのか

2021.02.26
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トランゴ・タワーズという岩峰群のふもとに集まった、パキスタン陸軍第62旅団の兵士たち。「険しい地域ですが、母国を1ミリたりとも譲ることはできません」と話す。(PHOTOGRAPH BY CORY RICHARDS)<br><br><編集部から><br>ナショナル ジオグラフィックは記者と写真家によるインド支配下のシアチェン氷河の取材許可をインド陸軍に求めたが、許可は下りなかった。
トランゴ・タワーズという岩峰群のふもとに集まった、パキスタン陸軍第62旅団の兵士たち。「険しい地域ですが、母国を1ミリたりとも譲ることはできません」と話す。(PHOTOGRAPH BY CORY RICHARDS)

<編集部から>
ナショナル ジオグラフィックは記者と写真家によるインド支配下のシアチェン氷河の取材許可をインド陸軍に求めたが、許可は下りなかった。
この記事は、 雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2021年3月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。

カシミール地方の高地で起きたインドとパキスタンの国境紛争。そのきっかけは米国の政府機関が地図に加えた小さな変更だったのか?

 1989年4月30日の午後遅く、11人の男たちが突然の吹雪に見舞われていた。

 そこはカラコルム山脈の標高6500メートルを超す地点。空気が薄く、息をするのも困難な高地だ。彼らは岩陰の下で身を寄せ合っていた。一見、登山隊に見えなくもないが、全員が迷彩柄の白い軍服を着用し、肩から自動小銃を下げている。パキスタン陸軍のアブドゥル・ビラル少佐率いる特殊部隊だ。

 登山家なら彼らのいる場所をうらやむだろう。北西の方角、80キロ先には、世界第2位の高峰K2がそびえている。だが氷に閉ざされた峰々の大半は、誰も登ったことのない名もなき山だ。地図上では、頂上の標高に対応するフィート単位の数字で区別されている。

ピーク22,158の戦い

「22,158」と記されたピーク(標高約6754メートル)の途中にあるこの場所まで来るには、雪崩で崩れてきた岩と氷が覆う斜面を登らなくてはならない。過去に4人がその試みに失敗して命を落としていた。今回、ビラル少佐の部隊は、徒歩ではなくヘリコプターで来た。氷点下の薄い大気中でどうにかホバリングしているヘリから、隊員が一人ずつロープで降下した。頂上から450メートルほど下の地点に降りた隊員たちは1週間かけて、登山用のロープの設置とそこから上の地形調査を行った。

 安全のために互いの体をロープでつなごうという提案が数人から上がった。「それをしたら、一人が撃たれたとき全員が滑落する」とビラルは言った。「アイゼンを装着しろ。ロープは付けない」。各自、武器の可動部分が凍結していないか、最終チェックを行った。そして日が暮れようとしている頃、ビラルを先頭に、部隊は一列になって、雪庇の張り出した尾根を頂上に向かって登り始めた。

 突然、急ごしらえの哨所から見下ろす、二人のインド人哨兵の日焼けした顔が見えた。ビラルはウルドゥー語で呼びかけた。「君たちはパキスタン陸軍に包囲されている。武器を捨てろ」

 インド兵は雪の壁の後ろに引っ込んだ。ビラルは続けた。「インド軍は君らの命を使い捨てにするつもりだぞ!」 すると、AK-47自動小銃の撃鉄を引く音がはっきりと聞こえた。

「私たちは敵を殺したくて撃ったわけではありません」。あの日から30年後、パキスタン北部のラワルピンディにある自宅で、ビラルが当時の経緯を語ってくれた。「自分たちの領土を守りたかっただけです。それだけは何が何でも守らなければ……愛国者としての務めですから」。先に発砲したのは間違いなくインド側だったと、彼は確信している。ビラルと部下も応戦し、インド兵の一人が倒れた。

 パキスタン側は射撃をやめ、ビラルはもう一人に呼びかけた。「この場を去りなさい……捕虜にはしないし、背後からも撃たない」。ビラルは、インド兵が重い足取りで霧の中に消えるまで、見届けた。

標高5300メートルのギョン氷河を横断するパキスタン軍第323旅団の兵士たち。誰かがクレバスに落ちる可能性を減らすために、互いの体を命綱でつないだ。多くのクレバスに、そこで落命した兵士の名がついている。(PHOTOGRAPH BY CORY RICHARDS)
標高5300メートルのギョン氷河を横断するパキスタン軍第323旅団の兵士たち。誰かがクレバスに落ちる可能性を減らすために、互いの体を命綱でつないだ。多くのクレバスに、そこで落命した兵士の名がついている。(PHOTOGRAPH BY CORY RICHARDS)

 この「ピーク22,158の戦い」には、一つの特徴があった。それは、死者が出た地上戦の記録としては世界一標高の高い場所で起きた戦闘だったということだ。

 その日から28年後、写真家のコーリー・リチャーズと私(ライターで登山家のフレディ・ウィルキンソン)は、雪を踏み固めたヘリコプター発着場を慣れない足取りで歩いていた。戦闘があった場所はここからおよそ7キロだ。こういう場所では、ただ生き延びるためだけに労力や技術が必要になる。私たちは二人ともカラコルム山脈の登頂経験をもつプロの登山家だから、それをよく知っている。

 インドとパキスタンは30年間以上にわたり、人が住まない辺境の地を守るため、若い兵士をこの過酷な環境に送り込んできた。1回の任期は数カ月に及ぶ。この地域での軍事衝突は、いつしか「シアチェン氷河紛争」や「シアチェン紛争」と呼ばれるようになった。

 1984年以来、印パ両国の犠牲者は数千人にのぼる。2003年に停戦合意が結ばれたが、それ以降も、地すべりや雪崩、ヘリコプターの墜落事故、高山病、塞栓症などで、年間数十人の兵士が亡くなっている。それでも毎年、この地への派遣を志願する兵士は、両国ともに後を絶たない。「極めて名誉ある任務だと考えられているのです」と、あるパキスタンの当局者が言っていた。

次ページ:印パ両国を戦いに駆り立てた状況は何だったのか

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