米議会乱入事件、現場にいた記者は何を見た?

形式的な手続きで済むはずだった議会は、前代未聞の騒乱の場と化した

2021.01.12
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 米国の首都ワシントンは暴力とは無縁ではない。1814年には英国軍による焼き討ちにあった。その25年後には、白人の暴徒が何日も街を占拠する事件が起きた。この事件は、最初に襲撃されたレストランの黒人オーナーにちなんで「スノー暴動」として知られている。1919年には市南西部の貧しい黒人コミュニティーで、白人による略奪が数日にわたって続いた。1968年にキング牧師が暗殺された後には、黒人住民の多いいくつかの地域で暴動が起きた。

 とはいえ、選挙で選ばれた代表者が集まって国家のために職務を遂行する神聖な建物を国民が包囲することには、特別な意味がある。それは、一般的には、民主主義国家ではなく独裁国家と関連づけられる光景だ。

議事堂内で議員警察に拘束されるトランプ支持者たち。(PHOTOGRAPH BY STEFANI REYNOLDS, BLOOMBERG/GETTY IMAGES)

 ワシントンは完全には程遠い町である。人種間の不平等、高級住宅地化による貧しい人々の追い出し、所得格差の拡大などの問題を抱えている。しかし、活気ある中産階級、個性豊かな各地域、そして、不満を表明することを恐れない積極的なコミュニティーを持つ、住みやすい町でもある。人々はこうした環境で暮らしながら、その時々の政権がもたらす環境を忠実に受け入れている。

 私はテキサス州の出身だが、ジョージ・W・ブッシュの大統領時代についての本を書くために、彼を追ってワシントンに移ってきた。私は自分がここにとどまることになるとは思っていなかった。また、堅苦しくて頭でっかちの政治屋の村と揶揄されるこの町を好きになるとも思っていなかった。

 しかし時間の経過とともに、ワシントンと私はお互いをよく知るようになった。テキサスからきた私は、絶えず自らを誇らずにいられない土地に慣れている。ワシントンにはその必要がない。よそ者からなんと揶揄されても、ここはなくてはならない町である。ワシントンは私たちすべての者の町なのだ。

 私はコンスティテューション通りに立ち、議事堂に押し寄せる暴徒に肝を潰しながらブツブツとつぶやいていた。その後に起きたことの映像は、ほんの1時間前には誰もいなかった廊下にデモ隊が騒々しくなだれ込んでいく様子をとらえていた。私は人類学者のように冷静に観察しなければと自分に言い聞かせながらそれを見た。

 彼らは彫像ホールを通り抜けていった。完璧なシンメトリーと音響を誇る、大理石とブロンズ像と自然光に包まれた輝かしい空間だ。何人かは驚いたように足を止めた。おそらくこの伝説的な空間を訪れたことがなかったのだろう。画面で見るかぎり、警察官などはいなかった。代わりに厳しい顔つきでデモ隊を取り囲んでいたのは、往年の政治家たちの彫像だ。彫像のほとんどが男性で、女性は少ない。多くは、今まさしく踏みにじられている民主主義制度を守るために生涯を捧げた人々だ。

ギャラリー:写真で見る米議会乱入事件、トランプ支持者が暴徒化 写真22点(画像クリックでギャラリーへ)
トランプ支持者が侵入した議事堂内で、安全確保のために議会警察が室内の全員をチェックする間、ホールドアップする議会職員たち。(PHOTOGRAPH BY OLIVIER DOULIERY, AFP/GETTY IMAGES)

 永遠に続くように思われたその夜が終わるまでに、52人のデモ参加者が逮捕された。半数は議事堂で逮捕され、残りは外出禁止令違反で逮捕された。銃で撃たれた1人を含む5人が死亡し、多数の警察官が負傷した。厳重な護衛の下、議員たちは下院に再集合した。ペンス副大統領が各州の選挙人の投票を数え、ジョー・バイデン氏が新大統領になると宣言した。システムは維持されたが、露呈した深い亀裂に全世界の目が注がれた。

【この記事の写真をもっと見る】ギャラリー:写真で見る米議会乱入事件、トランプ支持者が暴徒化 あと15点

文=Robert Draper/訳=三枝小夜子

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