別の研究チームは、英国の脳画像データを調べた結果、ウイルス検査で陽性となった人々において、大脳皮質が薄くなり、灰白質が減少しているといった、脳組織の損傷の証拠を発見した。査読前の医学論文を投稿するサーバ「medRxiv」に2021年8月18日付けで発表されたその論文の著者らは、新型コロナ感染で入院していた患者では「認知機能の著しい低下」が見られると指摘している。

 新型コロナウイルスは、脳に炎症を引き起こすだけでなく、脳細胞に直接感染する可能性もある。カリフォルニア大学サンディエゴ校の神経学者ジョゼフ・G・グリーソン氏は、「新型コロナウイルスが特定の種類の脳細胞に感染して増殖し、それから他の種類の細胞に感染できることを示す証拠を発見しました」と話す。

 感染しやすい脳細胞は星状膠細胞(アストロサイト)という神経組織を支える細胞だと、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の神経科学の博士研究員マデリン・アンドリューズ氏は説明する。星状膠細胞は脳と脊髄に多く存在し、ニューロン間の伝達の調節や、血液脳関門の形成など、さまざまな役割を果たしている。

「星状膠細胞が新型コロナウイルスに感染すると、機能が変化し、健康な脳を維持する役割を果たせなくなる可能性があります」とアンドリューズ氏は言う。

 新型コロナウイルスは、毛細血管を収縮させたり、その機能を阻害したりすることによって、ニューロンへの血流を減少させる可能性もある。新型コロナによる脳卒中は、血流の減少により脳に酸素が届かなくなるせいかもしれない。グリーソン氏は、「脳は非常にデリケートなので、血流や脳細胞の健康状態に変化が生じると、脳機能が永久的に変化してしまうおそれがあります」と話す。

認知機能の障害を防ぐには

 ウイルスによる認知機能の重大な障害を防ぐにはどうしたらよいかなど、まだ多くの疑問が残っている。ボルドリーニ氏は、免疫系をあまり長期にわたって激しく戦わせないことが重要だと指摘する。

 免疫系の過剰反応を防ぐために、さまざまな治療が行われている。入院患者には、抗ウイルス薬「レムデシビル」の点滴投与が承認されている。また、新しい経口抗ウイルス薬である米メルクの「モルヌピラビル」と米ファイザーの「パクスロビド」は、重症化するリスクのある患者の入院と死亡を減少させることが示されている。これらの薬はウイルスの増殖を阻止するため、過剰な免疫反応を防げる可能性がある(編注:日本では新型コロナに対してレムデシビルとモルヌピラビルの使用が承認されている)。

 炎症そのものを抑える薬も使われている。副腎皮質ホルモン(ステロイド)、サイトカインの一種であるインターロイキン6(IL-6)の阻害薬、関節リウマチの治療薬であるJAK阻害薬がそれに当たる。

 新型コロナが脳に及ぼす影響を解明することには、もっと深い意義があるかもしれない。ボルドリーニ氏は、新型コロナで死亡した患者の脳を数十個保存している。神経症状を呈した患者とそうでない患者の脳組織を比較することによって、幅広い神経変性疾患に対して炎症が担う役割を解明するためだ。

「新型コロナ感染症は悲惨な疾患ですが、脳の働きをより良く理解するのに役立つかもしれません」と氏は言う。

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