この顔の大事な役割とは? ベネチア「ライオンの口」

街のいたる所にあった石の顔の歴史、ルネサンス期のベネチア共和国

2021.01.10
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ベネチアのドゥカーレ宮殿にある投書箱。こうした投書箱のおかげで、ベネチア市民は政府に対して直接、匿名で不正を告発することができた。(PHOTOGRAPH BY AZOOR PHOTO COLLECTION, ALAMY STOCK PHOTO)
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 たとえば、一般の人々が匿名で苦情を投函できる箱があったとしたらどうだろう。

 寄せられた意見に対して、政府は個別に対応をする。大規模な抗議運動もデモも必要ない。そうした制度が実際に運用されていたのが、ルネサンス時代のベネチア共和国(現イタリア)だ。

「ボッケ・ディ・レオーネ(ライオンの口)」と呼ばれるこの投書箱は当時、行政をつかさどるドゥカーレ宮殿から街なかまで、いたる所に設置されていた。投書箱はどれも石造りで、顔をかたどった緻密な彫刻が施されていた。ライオンの顔を模したものも多く、口のところに書簡を差し入れる細長い穴があった(翼のあるライオンはベネチアの象徴だ)。

 ドゥカーレ宮殿にある最古の「ライオンの口」は1618年のもので、現在も当時のままの状態で残っている。

 宮殿の周辺には、行政部門ごとに独自の箱が設置されていた。また街なかにある箱は、設置される場所によって、税金、詐欺、商売上のいさかいなど、さまざまに異なる問題を扱っていた。

 たとえば、ドルソドゥーロ地区のサンタ・マリア・デッラ・ビジタツィオーネ教会の壁に埋め込まれた箱は、運河のゴミに関する苦情を受け付けるためのもので、「ドルソドゥーロ地区の公衆衛生に関する告発」との文字が記されていた。数世紀がたった今もこの投書箱は同じ場所にある。そして運河の汚染問題もまた、消え去ってはいない。

人々の声を真剣に受け止める「口」

 こうした慣習が存在したのはベネチアだけではない。中世からルネサンス時代には、「多くの都市や国が、匿名で告発することができるなんらかの制度をもっており、欧州全土における法制度の機能の一部となっていました」と、歴史家のフィリッポ・デ・ビーボ氏は言う。

「密告、あるいは多くの場合は証人を伴う公の告発によって審問が開始されます」

ベネチアの人々は、いつでも手書きの投書をボッケ・ディ・レオーネ(ライオンの口)に投函することができた。投書箱は、設置されている場所によって特定の問題を扱うよう定められていた。(ILLUSTRATION BY DEA, BIBLIOTECA AMBROSIANA/GETTY IMAGES)
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