「秘境ムスタン王国」の旅、新たな道路がもたらす変化

不便だからこそ残されてきた文化、何を守り、何を変えるか

2021.01.07
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ネパールのムスタン郡、吊り橋を彩るチベット仏教の祈祷旗。ここはヒマラヤにおける有名なトレッキングルートだ。 (PHOTOGRAPH BY ALIAKSANDR MAZURKEVICH, ALAMY STOCK PHOTO)

 ネパール中北部に、かつての「ムスタン王国」(現在はダウラギリ県ムスタン郡)がある。切り裂かれたような岩の大地に、雪を頂く山々。色鮮やかな祈祷旗がはためき、レンガ色の修道院がそびえる。チベットと境を接するこの秘境へのトレッキングは、旅人たちの人気を集めている。

 しかし、ネパール全域でそうであるように、ムスタンにも変化の波が訪れている。国が急速にすすめる道路建設計画によって、風景のみならず住民の暮らしや旅のあり方まで変化しつつあるのだ。

 旅行者は、自分たちが求めていた「手つかずの美しい土地」に道路が造られることを嘆く。一方で、山奥の集落に暮らす人々にとっては、都会へのアクセスや自分たちの経済状況が改善される、歓迎すべき機会だ。

 ムスタン・アドベンチャー・トレック社の創立者、ツェワン・ビスタ氏によれば、ムスタンで観光業が始まったのは1992年のこと。「ムスタンは今とは全く違っていました。完全に外部と遮断され、孤立していました。ネパールの首都カトマンズの人々ですら、この土地を知らなかったのです」

中央ネパールにて、アンナプルナのベースキャンプから下山するトレッカーたち。 (PHOTOGRAPH BY KRIANGKRAI THITIMAKORN, GETTY IMAGES)

 観光業の発展は、トレッキング業者から料理人、商店の経営者まで、様々な住民に収入をもたらした。また外国人が訪れるようになり、地元の人々が伝統を復活させるようにもなった。「ムスタンにやって来た人々は、私たちの宗教に関心を持ちました。だから、これは守っていくべきと感じたのです」とビスタ氏は言う。

 そのような中、何を守り、何を変えるべきかという議論が起きつつある。どのようにすれば地元住民と観光客の双方に有益な発展が遂げられるかという議論だ。

トレッキングで感じた「音」

 COVID-19(新型コロナウイルス感染症)が世界的に流行する前、私(旅ライターのマイケル・シャピロ氏)は妻と共にテンジン・ノルゲイ・アドベンチャーズの秋のトレッキングに参加した。トレッキングを率いるジャムリン・テンジン・ノルゲイ氏は、1953年に登山家エドモンド・ヒラリー氏と共にエベレスト初登頂を成し遂げたシェルパ、テンジン・ノルゲイ氏の息子だ。

 ムスタンをトレッキング中、私が最も印象を受けたのは音だ。馬に付けられた鈴、岩の上を吹きすさぶ風、小川を走り抜ける水。だが、歩き始めて6日目、他の全てを上回る音が耳に入ってきた。ブルドーザーの音だ。ムスタンと中国を結ぶ道路が建設中だった。「早く行こう」と、ノルゲイ氏は言った。

【参考動画】エベレストを21回登った男
エベレスト登頂21回を誇るアパ・シェルパ氏は、ネパールの子どもたちの未来のために活動している。制作はシェルパズ・シネマ。ショート・フィルム・ショーケースでは、ナショナルジオグラフィックの編集者がウェブ上から優れた映像を選んで紹介している。 (解説は英語です)

次ページ:トレッキングで見えたもの

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