インド伝統の香料の里、カナウジを訪ねて

植物精油と昔ながらの蒸留法を使った用いる職人の技

2020.12.31
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インドのカナウジで、バラの花から花びらを摘み取る女性。この街では400年以上も前からローズ・アターが製造されてきた。(PHOTOGRAPH BY TUUL AND BRUNO MORANDI)
インドのカナウジで、バラの花から花びらを摘み取る女性。この街では400年以上も前からローズ・アターが製造されてきた。(PHOTOGRAPH BY TUUL AND BRUNO MORANDI)

 ガンジス川のほとりのバラ畑に、テーグ・シン氏が到着するのは日の出前。最適なタイミングでダマスクローズを収穫するためだ。肩にかけた麻袋に、薄いピンクの花びらをてきぱきと投げ入れ、日が昇る頃にはスクーターに乗ってカナウジの街へと向かう。「インドの香料の都」と呼ばれる小さな街だ。

 インド北東部にあるカナウジでは、世界最古の蒸留技術をもちいた植物性の香油「アター(attar)」が作られてきた。ムガル帝国時代には香りの文化が花開き、王族も一般市民も皆、手首から食べ物、噴水から家に至るまで、あらゆるものに香りを付けたという。

 アターは20世紀になると衰退したものの、カナウジでは今も変わらぬ方法でアターの製造が続いている。そして、近年ではインド内外で、アターの官能的な香りに惹きつけられる新しい世代が登場しつつある。

カナウジ近郊。ダマスクローズは毎朝早朝、熟練労働者の手で収穫され、アターを製造する蒸留所へと運ばれる。(PHOTOGRAPH BY TUUL AND BRUNO MORANDI)
カナウジ近郊。ダマスクローズは毎朝早朝、熟練労働者の手で収穫され、アターを製造する蒸留所へと運ばれる。(PHOTOGRAPH BY TUUL AND BRUNO MORANDI)

植物から引き出した芳香

 アターは古くからある香料だ。「perfume(香水)」という言葉は、ラテン語の「per fume(煙を通して)」から来ているが、元々香りは油や水に植物を漬けることで得られていた。現在の一般的な香水は、アルコールがベースとなっている。安価なうえ、揮発することで香りが広がりやすいためだ。

 一方、アターはビャクダンの木から抽出された精油がベースになっているため、皮膚に塗るとたちまち吸収されていく。手首や耳の後ろにほんの一滴付けるだけで、時には何日も美しい香りが続く。

 ヨーロッパの有名香水ブランドでもカナウジのアターは使われている。バラだけでなく、ベチバーやジャスミンのアターが、香りを奏でる層の一つとして現代の香水の調合に加えられているのだ。

香りを作る伝統の職人技

 カナウジのアター作りの歴史は400年以上前に始まった。フランスのグラースが香料の都として名を馳せるようになる2世紀も前のことだ。ヒンディー語で「デグ・バプカ」と呼ばれる銅製の蒸留器を、木や牛糞をくべた火で熱するという職人技の世界である。

袋に詰めてM.L. Ramnarain Perfumers factoryに運ばれたバラ。ここはカナウジで現在も営業を続ける350ほどの蒸留所の一つだ。(PHOTOGRAPH BY TUUL AND BRUNO MORANDI)
袋に詰めてM.L. Ramnarain Perfumers factoryに運ばれたバラ。ここはカナウジで現在も営業を続ける350ほどの蒸留所の一つだ。(PHOTOGRAPH BY TUUL AND BRUNO MORANDI)

 カナウジは、過去と現在のはざまにあるような、インドの典型的な小都市だ。

 バラ・バザールと呼ばれる市場の路地に足を踏み入れると、そこはまるで中世だ。迷路のような市場にある古参の店には、ガラス瓶に入ったアターや「ルー」(精油)が所狭しと並ぶ。地面に置いたクッションの上であぐらをかいた男性たちが、香りを小瓶から嗅ぎ、極端に長い綿棒で耳の後ろに塗りつける。古くから続くこの商いを、「アター・サズ」と呼ばれる香油製造の蒸留所が支えている。

「一流の調香師たちがこの小道を歩きました。泥と牛糞を踏み越えて、カナウジのアターを手に入れるために」。そう話すのは、プランジャール・カプール氏だ。この街に350ほどある蒸留所の一つ、M.L. Ramnarain Perfumersの5代目共同経営者である。

参考Photo Stories:色をまとうインドの女性たち、その力強さと美意識 写真8点(画像クリックで記事へ)
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アジアの小さな村を旅してまわり、人々とふれあいながら撮影を続ける写真家の三井昌志さん。最新の写真集『Colorful Life 幸せな色を探して』から、鮮やかな色をまとうインドの女性たちの写真とその物語を紹介してもらった。(Photograph by Masashi Mitsui)

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