「冬の訪れが夏の病をいやし、夏の訪れが冬の病をいやす」と書いたのは、古代ギリシャの医師であり哲学者のヒポクラテスだった。インフルエンザの季節性を最初に記録したとされるその言葉から2400年の時が過ぎても、なぜ季節によって増えたり減ったりする病があるのかは、はっきりとは解明されていない。
だがこれまでの研究で、季節の変化がウイルスのふるまいを変え、感染症に対する人間の体の抵抗力にも影響を与えることがわかっている。特に冬になると、寒さ、乾燥した空気、日照不足といった要因で、インフルエンザウイルスや新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)などによる呼吸器系の感染症を防ぐ力が損なわれる。
「冬に感染拡大」警告の背景
季節性の風邪やインフルエンザなどの過去の経験から、人が室内にこもりやすい冬になると新型コロナウイルスの感染が拡大するだろうと、公衆衛生の専門家は警告してきた。残念なことにその警告通り、現在冬を迎えた北半球の各国で、コロナの新規感染者数や入院患者数、死亡者数が急増し、収まる気配がない。
米カリフォルニア大学ロサンゼルス校の博士研究員としてウイルスの生態学と進化を研究するディラン・モリス氏らは、感染が急拡大しているひとつの要因として、コロナウイルスの安定性が気温と湿度によってどう変化するかに着目した。その研究結果を、査読前の論文を投稿するサイト「BioRxiv」に11月12日付けで公開している。
論文によると、低い気温と極端な湿度がウイルスを安定させ、感染力を持続させることが明らかになった。極端な湿度とは、高すぎる湿度も低すぎる湿度も含まれる。その仕組みはこうだ。
気温が下がると、ウイルスの分解が遅くなる。つまり、感染者の口から飛び出た飛沫の中でコロナウイルスが長時間生存できるようになる。
そして、湿度が低く空気が乾燥していれば、飛沫の水分が蒸発して、飛沫は小さくなる。すると、ウイルスは他の物質と接触しやすくなり、不活性化されやすくなるのだが、飛沫があるレベル以上に小さくなると、今度は内部の塩分がウイルスとともに結晶化してしまう。このウイルスはそのまま新しい宿主の気道に侵入して溶け出し、再び目を覚ます。
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