古代の反乱から始まった ユダヤ教徒の光の祭り

12月に8日間にわたって行われるユダヤの祭典、民族の抵抗と聖なる奇跡を祝う

2020.12.15
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エルサレム旧市街の壁。ハヌカの期間中、夜になるとカラフルなメノーラーが点灯する。(PHOTOGRAPH BY YONATAN SINDEL, FLASH90/REDUX)
エルサレム旧市街の壁。ハヌカの期間中、夜になるとカラフルなメノーラーが点灯する。(PHOTOGRAPH BY YONATAN SINDEL, FLASH90/REDUX)

 ユダヤ教の光の祭り「ハヌカ」を祝うときが来た。2020年の日程は12月10〜18日の8日間だ。特に現代に入ってから人気が急上昇している祭りだが、その起源は、紀元前4世紀にペルシャ帝国を征服したマケドニア王アレクサンドロス3世(アレクサンドロス大王)の死後に訪れた激動の世紀にまでさかのぼる。(参考記事:「アレクサンドロス大王の墓、21年がかりで探求」

ハヌカの起源

 アレクサンドロス大王が紀元前323年に死去した後、配下の将軍たちによる覇権争いが勃発し、100年以上にわたって戦いが続いた。最終的に、セレウコス朝シリアが勝利を収め、ユダヤ(現在のイスラエル中部)を含むアレクサンドロス大王の領土の大部分を支配した。セレウコス朝はその影響力を行使し、芸術、建築、宗教のヘレニズム化(ギリシャ化)を推進。特にユダヤでは、地元住民の抵抗にあった。(参考記事:「エルサレムで古代ギリシャの城塞を発掘」

紀元前175〜164年にセレウコス朝の王座にあったアンティオコス4世エピファネス。(PHOTOGRAPH BY ZEV RADOVAN, BIBLE LAND PICTURES, ALAMY STOCK PHOTO)
紀元前175〜164年にセレウコス朝の王座にあったアンティオコス4世エピファネス。(PHOTOGRAPH BY ZEV RADOVAN, BIBLE LAND PICTURES, ALAMY STOCK PHOTO)

 紀元前175年、アンティオコス4世エピファネスがセレウコス王に即位し、ユダヤ人を強制的に同化させようと試みた。セレウコス朝はエルサレム神殿を占拠し、ギリシャの神ゼウスの祭壇を建てた。アンティオコス4世はユダヤ教を法律で禁止し、ギリシャの神々の信仰を義務づけた。

 アンティオコス4世は信仰を共通にすることで王国を一つにまとめようとしたとする学説があるが、いずれにしても、そのやり方は残忍なものだった。「(反体制派は)棒で打たれ、体を引き裂かれ、生きたまま十字架に張り付けられました…聖典や法律が見つかると、すべて破棄されました。一緒にいた人々もむごたらしく殺されました」――ユダヤの歴史家ヨセフスは西暦1世紀、エルサレムの残忍な略奪とユダヤ人反体制派の扱いを次のように記録している。

 エルサレム神殿の冒瀆(ぼうとく)とユダヤ人の弾圧を目の当たりにして、マタティアという司祭が息子たちとともに蜂起した。マタティアが紀元前166年に死去すると、息子の一人ユダ・マカバイ(マカバイは「ハンマー」の意)が後継者として戦い、ユダヤ人を率いてセレウコス朝に何度も勝利した。紀元前164年、ユダはエルサレムを奪回。エルサレム神殿を修復して清め、ヤハウェを再奉納した。マカバイ戦争として知られるこの反乱はその後も続き、紀元前160年、ついにユダヤからセレウコス朝を追放した。(参考記事:「古代シナゴーグで発見された“場違いな”もの」

【動画】ハヌカ:光の祭り(解説は英語です)
12月10日の日没から始まるハヌカは、最も喜びに満ちたユダヤ教の祝祭の一つだ。この光の祭典にまつわる伝統や歴史を紹介しよう。

次ページ:光の奇跡を記念した祭典

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