翼の装飾を施された玉座に座る色鮮やかなバサの貴婦人。スペイン、バサにあるイベリア人の墓地遺跡で発見。紀元前4世紀初頭に作られた。(ASF/ALBUM)

 スペイン南部の小さな都市バサの北に、セロ・デル・サントゥアリオ遺跡という、古代ローマ以前の墓地遺跡がある。1971年7月のある朝、発掘作業員がここで何か固い物を掘り当てた。色の付いた岩のように見えたが、土を取り除くと女性の顔が現れた。太陽の光を浴びたのは、およそ2400年ぶりだった。

 この高さ1.2メートルの石灰石の彫像は現在、「バサの貴婦人」として知られている。翼のようなものをもつ玉座に、ドレスと宝石で着飾った女性が座っている像だ。かつては鮮やかに彩色されており、今でもその顔料の名残が、バラ色の頬やマントの縁の市松模様などに見られる。右側の物入れの中から火葬された人骨が見つかったことで、バサの貴婦人は紀元前380年頃の骨壺だったと判明した。

エルチェの貴婦人。紀元前4世紀イベリアの埋葬用の彫像。スペイン、マドリードの国立考古学博物館に収蔵。(ORONOZ/ALBUM)

 バサの貴婦人は、1897年に発見された「エルチェの貴婦人」など、スペインの他の場所で見つかった女性像に似ている。2つの石像はどちらもイベリアの衣装や髪飾り、イヤリング、ネックレスで飾られており、かつては鮮やかな色が塗られていた。

 両方とも古代ローマに支配される前の時代に作られたものだが、当時栄えていたイベリア文化はまだ多くの謎に包まれている。精巧な装飾を施されたバサの貴婦人は、その体内に葬られた人物に関する手がかりとしても興味深い。

 この像を詳細に調べると、イベリア文化が、ローマやカルタゴをはじめとする地中海周辺の他の文化とつながりがあったことがわかる。そしてバサの貴婦人が作られてから100年後、イベリア半島は、この2大勢力の争いに巻き込まれることになった。

謎の文化

 古代の著述家は、現在のスペイン一帯に住んでいた人々をイベリア人と呼んだ。しかし現代の考古学者は、イベリア人という言葉をより厳密な意味で、青銅器時代にこの地域にいた先住民を指すのに使う。(参考記事:「古代南欧で謎の「男性大量流入」、DNA調査で判明」

 彼らは、階級社会であるアルガル文化を受け継いでいた。アルガル文化は紀元前1500年頃に崩壊したが、紀元前1000年頃から複雑なイベリア社会が新たに現れ始めた。アルガル文化の祖先たちと同じく金属加工が得意で、地中海東部の商人との交易で裕福になった。

 紀元前8世紀からは、新たに台頭してきたケルト人が、スペインに入り込み始めた。そして、現地のイベリア人と混ざり合い、2つの文化が融合した「ケルティベリア(ケルト・イベリア)」文化が生まれた。しかし、ケルト人はイベリア半島南東部の地中海沿岸には進出しなかったため、そこでは本来のイベリア先住民の割合が高く保たれた。

1971年に発見されたバサの貴婦人。様々な装飾品を身につけた色鮮やかなイベリアの女性像の1つ。1897年に発見されたエルチェの貴婦人は、単なる胸像だと考えられていたが、バサの貴婦人の研究を踏まえ、同じく埋葬用のモニュメントだったという説や、玉座も含む、より大きな像の一部だったという説もある。(ORONOZ/ALBUM)

 南東部のイベリア人部族の中に、紀元前4世紀〜前3世紀頃にかけて強い影響力を持った部族があった。後にローマ人はこの部族を、彼らの首都バスティにちなんでバステタニと名付けた。現在バサと呼ばれるその首都バスティこそ、50年近く前にバサの貴婦人が発見された場所である。(参考記事:「7500年前のイベリア女性の顔を復元、アナトリアのDNAが90%」

次ページ:バサの貴婦人からわかること

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