時代と生きる子守歌

世界各地の子守唄を一人の写真家が取材した

2020.11.28
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モンゴル
ベッドで娘と体を寄せ合うアルタンズル・スクチュルーン。モンゴルの首都ウランバートルで看護師をしている。彼女が勤める病院には、国内で大気汚染が最も深刻な同市に暮らす母子が診察にやって来る。(PHOTOGRAPH BY HANNAH REYES MORALES)
この記事の撮影は、ティム・ヘザリントン財団の支援を受けています。
この記事は、雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版 2020年12月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。

子どもをやさしく眠りに導く子守歌には、親の望みや不安、未来に託す夢がこめられている。

 日が暮れると流れ始める歌声を、子どもたちは毛布の中でやさしい腕に抱かれながら聞いている。世界各地の家庭で歌われる子守歌が、夜を包み込んでいく。

 シリア出身のハディージャ・アル・モハンマドにとって、日中の喧騒が遠ざかる夜は静寂と安らぎのひとときだ。19年前に長男ムハンマドが生まれたときは、母や祖母が自分に歌い聞かせてくれた子守歌をいくつも歌ってやった。

 それから10年ほどたった2011年に内戦が始まった。そして、混乱が激しさを増した13年、一家はトルコへの脱出を余儀なくされた。3歳になる末の息子アフマドはトルコ生まれだ。

 シリア内戦では死者が50万人以上とされ、1200万人が難民になった。教師であり、5人の子どもの母親でもあるハディージャもその一人だ。トルコの市民権を得たものの、過酷な状況下で子育てをしている。だが、そうした母親は世界中に大勢いる。一日の終わりに一番くつろげる場所で歌われる子守歌は、本来の目的以上の意味をもち始めた。周囲の状況が変わっても、子守歌があれば子どもたちは安心できる。とりわけ新型コロナウイルスが猛威を振るい、すべてが激変している今、子守歌は親子の穏やかな時間を守る大切な手段だ。

3歳になる末の息子を寝かしつけるハディージャ・アル・モハンマド。2013年に内戦下のシリアからトルコのシャンルウルファへ家族で逃れてきた。彼女が上の子どもたちに聞かせた伝統的な心地よい歌詞の子守歌は、戦争や移住を歌うものへと変わっていった。(PHOTOGRAPH BY HANNAH REYES MORALES)

時代を映し出す歌

 さまざまな文化を背景に、子守歌には歌い手が背負ってきた歴史の影響が垣間見られる。ハディージャの子守歌は戦争の歌になった。

「子どもたちは私の不安な気持ちをわかっていました」。そう言うハディージャは、今も悪夢ばかり見ている。シリア軍のヘリコプターや兵士に追いかけられる夢を見ては、子どもたちを案じて泣きながら目を覚ます。子どもたちは母親の涙に気づくと、そばに来て身を寄せる。床に敷いたマットレスの上で、ハディージャはアフマドを膝に乗せ、やさしく揺らしながら歌うのだ。

ハディージャの12歳になる娘セディルは、シリアにいた頃の話をよく聞きたがるという。母親は子どもたちが祖国を忘れないように、シリアの歌をたくさん歌って聞かせる。(PHOTOGRAPH BY HANNAH REYES MORALES)

「ああ、空を飛ぶ飛行機よ、道を歩く子どもたちを撃たないで。子どもたちにはやさしくして」

 約4000年前に栄えたバビロニア王国の粘土板にも、子守歌が刻まれていた。そして現代でも、子どもたちは子守歌にいざなわれて眠りに落ちる。子守歌は受け継がれ、引き継がれ、国境を越えて伝わり、その途上で新しい歌が生まれることもある。子守歌には過去に生きていた人々の痕跡が残っているし、私たちがこの世から消えても、その痕跡を伝えてくれるだろう。大きな恐怖を表現しつつも、希望や祈りがこめられた子守歌は、子どもたちが最初に耳にするラブソングなのかもしれない。

子守歌:古代バビロニア『Tsekhum Waashib(暗い家の赤ちゃん)』
写真は、夕暮れ時、トルコのアンタキヤの上空を飛ぶハト。シリアとの国境が近いこの街には、数十万人のシリア人が暮らす。トルコが受け入れているシリア難民は、360万人に達している。(Lullaby sung by Sevan Habib, translated and adapted by Richard Dumbrill, PHOTOGRAPH BY HANNAH REYES MORALES)

次ページ:本当は怖い子守歌?

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