この世界は、いつかゾンビの集団に襲われて滅亡する。米国には、そんな話をするのが好きな「プレッパー」と呼ばれる人々がいる。プレッパーとは、英語で「備える人」という意味で、最悪の事態に備えて非常食や日用品、武器などを備蓄する人々のことを指す。そして、その準備をする行為を「プレッピング」という。
「本当にゾンビに襲われるつもりで準備をしておけば、たいていのことには対応できます」と、そんなプレッパーのひとり、ローマン・ズラチェフスキー氏は話す。
ズラチェフスキー氏は、チェルノブイリ原発事故の数カ月後に、ロシアで生まれた。子どもの頃、家では夕食の席でしばしば事故のことが話題になっていたという。その後ニューヨークに移住したズラチェフスキー氏は、2001年9月11日、当時通っていたブルックリン高校のそばの川岸で、ワールド・トレードセンターが崩壊する瞬間を目撃した。そのとき既に、彼は家に非常用持ち出し袋を準備していた。
サバイバルグッズに注文が殺到
ズラチェフスキー氏は現在、テキサス州でサバイバルグッズの製造販売会社「レディ・トゥ・ゴー・サバイバル」と「ミラ・セイフティ」を経営しながら、あらゆる状況に対応できるキットとチェックリストを準備している。2019年、香港で抗議活動が激しくなり、オーストラリアでは森林火災が拡大し、イランとの戦争の脅威が高まり、ズラチェフスキー氏の会社は順調に売り上げを伸ばしていた。
しかし今年1月、米疾病対策センター(CDC)が米国で最初の新型コロナウイルス感染について発表すると、会社の経営は「全く新しい段階に達しました」と、ズラチェフスキー氏はいう。それから数カ月間、注文が殺到して激務の日々が続いた。メールでの問い合わせに応じるためだけに、7人の社員を雇わなければならなかったという。
テレビのリアリティ番組などの影響で、一般にはプレッパーというと、孤独なサバイバリストや、熱狂的な宗教団体の信者、あるいは豪華な地下シェルターと燃料を満タンにした脱出用ヘリコプターを持つシリコンバレーの大富豪というイメージを持つ人が多い。
だが現実のプレッパーは、ニューヨークの狭いワンルームのアパートに少しばかり余分に缶詰を備えておくという人から、数カ月分の食料が詰まったシェルターを持つアウトドア専門家まで様々だ。
新型コロナウイルス感染症が世界的に流行し始めて8カ月が経ち、空っぽになった店の棚や医療器具不足を目の当たりにした人々の心のなかで、何かが変化した。銃の売り上げが増加し、手作りパンや保存食作りがトレンド化し、トイレットペーパーの買いだめが当たり前になった。人々は皆、一斉にプレッパーになってしまったのだろうか。
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