今はなき「死者を運ぶ鉄道」の歴史、19世紀の英国

ロンドン・ネクロポリス鉄道、産業革命で人があふれ、死者もあふれた

2020.11.21
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ロンドン・ネクロポリス社の社章。社訓は「安らかな死、素晴らしい人生」(ILLUSTRATION BY JOHN CLARKE)

計画通りにはいかなかった

 墓地と鉄道の融合は計画通りに成功することはなかった。ブラウンとスプライは当初、年間5万人の遺体を埋葬する計画を立てていたが、開業後20年間の平均はわずか3200人ほどだった。100年後には500万人が埋葬されている予定だったが、実際は21万6390人にとどまった。

 20世紀に入ると、火葬の人気が拡大。霊きゅう車が登場したことで、郊外の墓地に行きやすくなった。その結果、葬儀列車の需要は低下した。喪服姿で葬儀列車に乗り、近くのゴルフ場に安く行く人が頻発したため、鉄道会社は不満を募らせた。葬儀屋が墓地のパブで飲み過ぎるという報告も聞かれるようになった。1930年代には、葬儀列車が週2回を超えて運行されることすら珍しくなった。

ギャラリー:19世紀英国「死者を運ぶ」ロンドン・ネクロポリス鉄道 画像5点(画像クリックでギャラリーへ)
ブルックウッドは現在も英国最大の墓地として運営されている。ロンドンからサウスウェスタン鉄道の列車でアクセスできる。(KATIE THORNTON)

 1941年、追い打ちをかける出来事があった。ウォータールー駅の爆撃だ。ロンドン・ネクロポリス鉄道は廃線となった。ロンドン・ネクロポリス社は破綻を回避するため、ブルックウッドの使われていない土地を売却した。線路は撤去され、歩行者や自動車が通行できるようになった(駅構内のパブは何年も営業を続けた)。

 墓地はその後ほぼ放棄されていたが、1970年代、瀕死(ひんし)の状態から回復し、現在は埋葬が行われている。開拓者精神に満ちたブルックウッドの歴史は今も、線路の一部、記念碑、墓地内のレールウェイ・アベニューという形で残されている。

文=KATIE THORNTON/訳=米井香織

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