筆者が7歳の時に、母が亡くなった。薬物の過剰摂取が原因だった。それから何年も、死に対する異常な恐れと不安に筆者はさいなまれ、自分もいつか若くして死ぬのだと信じて疑わなかった。友達が普通にやっていること、たとえば自転車に乗るといったことでも、少しでも危険と思ったらできるだけ避けて生きてきた。
だが、中学生の時に救いと出合った。
それは、友達と一緒にレンタルした1987年のB級コメディーホラー映画『ハイスクールはゾンビテリア』だった。自宅の安全なリビングで2時間弱、顔を覆った指の隙間から殺人鬼が次々に人を殺していく様を眺め、絶叫した。
映画が終わると、2つの感情が沸き起こった。映画を最後まで見ることができたという自信。それから、高揚感を帯びた安堵感だ。まるで心のおりを洗い流したような気分だった。
それから数十年間、離婚や大切な人の死など、悲劇や困難を経験するたびに、ホラー映画に助けられてきた。今でも、ホラー映画は筆者にとって大切な対処法であり続けている。恐れを克服するために、危険を伴わない恐怖に自らを立ち向かわせるという、いわゆる暴露(ばくろ)療法と似たような効果が得られるのだろう。
デンマークのオーフス大学の文学およびメディア学准教授で、「娯楽的な恐怖の研究所」の所長であるマティアス・クラセン氏は、ホラー映画を見るといった管理された恐怖体験は「微調整が可能な対処法という意味で、好ましい効果があると思われます」と語る。クラセン氏らは、300人以上を調べた結果、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック(世界的大流行)に、ホラー映画ファンの方がそうでない人よりも精神的にうまく対処できているという論文を9月15日付けの学術誌「Personality and Individual Differences」に発表している。
「ホラー映画を見ることで、自分自身が恐怖にどう反応するのかを知り、感情の調整の仕方を学んでいるようです」と、クラセン氏は言う。だからといって、これからはカウンセラーのオフィスで最新のホラー映画が見られるようになるというわけではない。それでも、人は恐れにどう対処するのか、そしてなぜ一部の人は恐れの感情を引き起こす娯楽に引かれるのかを研究すれば、トラウマを乗り越える新たな方法が見つかるかもしれない。
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