メダマグモに名前をつけた人は、その巨大な目玉に感銘を受けたのだろう。暗闇の中で獲物を見つけるモンスターのような目だ。
ところが、夜行性のこのクモは、目以外にも優れた感覚を持っていることが判明した。聴覚だ。10月29日付けで学術誌『Current Biology』に発表された最新の研究によると、メダマグモ科の一種、Deinopis spinosaは約2メートル離れた場所から、幅広い周波数の音を聞き取ることができるという。しかも、脚に備わった感覚器官によってだ。
メダマグモの仲間は、前方の脚に小さな網を構え、近づいた獲物に網をかぶせるようにして捕らえる。ところが、米国南東部に生息するこのメダマグモD. spinosaは、植物にぶら下がった体勢から、体を後ろにひねり上げて、空中にいる獲物を捕らえることができるのだ。(参考記事:「地球屈指の万能素材、クモの糸がすごすぎる」)
後方にいる獲物に対し、どうやってこのような軽業を行えるのか。興味を持った米コーネル大学の神経生物学の博士研究員ジェイ・スタフストロム氏は、以前、ある実験を行った。クモの目をシリコンで覆ってみたところ、彼らはそれでも飛んでいる虫を捕らえることができた。この結果から、メダマグモが虫の音を聞いているのではないかという仮説が浮かんだ。
クモには、通常の意味での耳はない。しかし、ハエトリグモやハシリグモ、そして今回新たにわかったメダマグモなどでは、脚にある感覚受容器で音を聞いている可能性がある。この受容器が耳のような働きをし、音波を受け取って神経系を介して脳に信号を伝える。
メダマグモがすごいのは、非常に優れた聴覚を持っていることだと、スタフストロム氏は話す。ハエトリグモをはじめとする他のクモは、周波数の高い音を聞き取ることができない。一方、メダマグモは昆虫の翅音のような低周波数の音も、捕食者である鳥の鳴き声のような高周波数の音も知覚することができるという。
クモのような単純な生物で、こうした卓越した聴覚が発見されたことは、聴覚という感覚がどう進化してきたのかを探る手掛かりになる。そう語るのは、カナダのトロント大学の感覚生物学者、セン・シバリンゲム氏だ。同氏は今回の研究には関わっていない。
「神経が少なく、あまり複雑でない動物の脳において、感覚情報がどのように処理されているのか。そして、それが個体の行動や意思決定にどのような影響を及ぼすのか。こうした点を知ることにより、私たちを含め、あらゆる生物の脳における情報処理プロセス、そして脳の構造についての理解が深まるはずです」
ここから先は「ナショナル ジオグラフィック日本版サイト」の会員の方(登録は無料)のみ、ご利用いただけます。
おすすめ関連書籍
世界一の記録をもった〈ものすごい〉昆虫135種をすべて写真付きで紹介!2010年に刊行した『ビジュアル 世界一の昆虫』が、手に取りやすいコンパクトサイズになってついに登場。 〔全国学校図書館協議会選定図書〕
定価:本体2,700円+税